信仰と論理
 
   信仰と論理 (信仰とは?)
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41555964.html
   楽山のブログ記事
 
 
私は、論理というと、数学的な論理など、情感のないものになって、理屈倒れになってしまいそうなので、一応ですが、理路と呼ぶことが多いです。理路には、人間ならば是非の分かるような思慮分別、節操、弁えが含まれます。
 

信仰は論理ではないという。
これはその通りだと思う。
でもこれは、
信仰は論理を無視するということではなくて、
信仰は論理を超えているということではなかろうか。

 
楽山は、論理を超えている、ということから、信仰と言えば超常のことだと思っているようです。超常は人間には理解できないのであって、受け取ったかどうかも人間は知りえません。だから、今、あるいは、ここで、受け取った、さらに、シャロームのように、信仰は完全で、恵みが、いつも都合よく我が身に与えられると信じ込むことは、到底、信仰ではありません。
 
神は、人の都合によって、人を救うのではない。神は、神の都合で人を救う。
人は、人の都合によって、救いを考えて、与えられると確信することは出来ない。
救いの保証は、神に救いを任せる人にとってのみ、意味を持つ。
 
それを信仰だと思ってしまうと、シャロームのように、神の啓示や聖霊の導きだからと自分で勝手に決めつけて、自分信仰に固まってしまうのです。そのことで、シャロームは理路も情感も自ら破壊し続けています。もはや、シャロームは、うわごとのように、実際は、破壊の信条の言葉を、人に豪語し続けて、今に至っています。
 
超常からの、地上の人間の心への影響の経過と結果のみを、人間の知性による理路と感性による感受によって受け取ることが、人間に可能な信仰です。こういうようなことを楽山は感受または思考できていないか、無視しています。
 

別な言い方をすれば、
論理で判断できないことについては、
信じるか、信じないかという選択になるけれど、
論理で判断できることについては、
信仰の問題にはならないということ。

 
楽山は、まるで、理屈を吟味するような書き方で、いじくっていますが、理屈の論理で判断できなくても、そこで信じるか信じないかという選択ではありません。人間ならば、皆がこれを信じたら破壊と争いだらけになって大変、などというような直感に近い理由で、否定できることがあります。
 
自己中心の信条は、そうして否定されるものです。シャロームの讃美言葉や楽山のボンヤリ言語などの飾りの言葉に騙されないようにしてほしいと思います。
 
楽山の言い分には、人間ならば・・ということが見られないようです。誰でも持っている心を見ずに、言葉だけを追いかける無理な理屈屋の辿る宿命的な欠陥だろうと思います。
 

恥ずかしながら、
かつて自分は、このことが分からず、
論理的にも、現実的にも、バツ判定が出ているのに、
それを断固として、否定して、
マルだと信じ込もうとして、足掻き、悩んだのだった。
それが信仰だと勘違いしていたのだった。
今にして思えば、
本当に愚かだったなあと思う。

 
信じ込むことを愚かだと言うのなら、楽山は、HSを脱会したあとに、なぜ、アドラー教の、気に入らないことは無視する、という、自己中心に誘導するようなカルトを宣伝するのでしょう。
 

人は、論理だけで生きているわけではないから、
論理でバツ判定されることであっても、
「私はマルだと信じる。マルだと信じたい」
と願いたくなったとしても仕方がないことではある。

 
上に述べたように、仕方ないでは済ませられないことがあるのです。それが、カルトの問題なのです。上のように論理で云々・・などと言っても、埒(らち)は開きません。
 
信仰だから、信じる信じないだから、受け入れようと暗示している楽山に、どうか、耳を貸さないでください。楽山は、必要な理路も感受性も持たずに言っています。つまり、信仰を感受するのに必要な心を持ち合わせていない楽山には、宗教と信仰を語る資格はないと思います。
 

でも、
人は、論理だけで生きているわけではないように、
信仰だけで生きているわけでもないから、
論理でバツ判定が出ているのを無視して、
マルだと信じ続けることは、どだい無理なことなのだ。

 
楽山は、信仰を、法律や道徳と同じように見ているようです。だから、論理と並べてしまって、信仰だけで生きているわけでもないと言うのでしょう。楽山の信仰の考え方は、その程度のものなのです。
 
信仰にも、人間が信じるための理路あるいは道理があります。と同時に、理路だけではどうしても説明できない縁のような絆(きずな)のような愛とも呼べそうなつながりがあります。
 
信仰が、人間の精神生活の一分野に過ぎないなら、信仰が、人間の全人格を目覚めさせたり、立ち直らせたり、癒やしたり、赦したり、救ったりなど、できるわけがないのです。
 
信仰は関係であり、論理ではなく、箇条書きの文言の信じ込みでもありません。なぜ、わかりもしないのに、楽山は、しつこく語ろうとするのでしょう。分からないことは分からないと、ペンを置くべきです。
 
実際には、カルトをマルだと信じ続ける人もいるわけですから、これは、見方を変えれば、無理なのに信じ続ける人は、無理な信仰だと否定していることになりますが、ならば、楽山の宣伝するアドラー教の矛盾をどう説明するつもりなのでしょう。
 

宗教にハマりすぎてしまうと、
論理を無視、または否定して、
ただただ信じるという方向に行きそうになるけど、
この辺りの間違いは、よく注意しなければいけないと思う。

 
アドラー教という精神破壊のカルトを宣伝している楽山であります。はまり過ぎると論理無視で信じる方向の間違いに、またボンヤリ言語で、注意しなければいけない、ということで済ませたつもりでも、宗教について、信仰について、何も語ったことにはならないのです。
 
アドラー教をやめたのなら、やめたと書いてから、今までの信条を破棄または訂正してからでないと、書いてはならないと思います。無反省と訂正不能のまま、また思い付きで書く、という、こういうところが、自己中心の保身であり、自らがカルトであることの表れなのです。
 
 
信仰は関係であり、論理でも思い込みの信じ込みでもありません。
 
論理とか、いっぽう、逆に、信じるだけとかの、自分を高める方向の欲求ではなく、
キリストの心の情感と共感の近くに寄り添うマリアのような、エロスにも似た一途な思慕の情が、あるいは、取税人の、頭(こうべ)を垂れるしかないような低く小さい姿勢のあり方が、キリストから信仰の義を与えられたことを忘れてはいけません。
 
 (ルカによる福音書、口語訳)
10:38
一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
10:39
この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
10:40
ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
10:41
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
10:42
しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。
 (ルカ10:38-42、新約聖書)
 
cf。マリヤとマルタの愛(加筆・再録)
https://ameblo.jp/st5402jp/entry-12456044029.html
 
 (ルカによる福音書、口語訳)
18:10
「ふたりの人が祈るために宮に上った。そのひとりはパリサイ人であり、もうひとりは取税人であった。
18:11-12
パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でもないことを感謝します。わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています』。
18:13
ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。
18:14
あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。
 (ルカ18:10-14、新約聖書)
 
 
(2019年06月26日、同日一部修正)
 
 
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