被害的・他罰的2 その1
 
   楽山から見た st、shalom 問題を振り返る
   楽山日記(a)2019-11-21 に対する批判を加筆して再録。
 
 
楽山の詭弁と嘘がどんどん悪質になっているので、今回は、1年前の記事を加筆して再録です。2部構成で載せます。今回は、その1ですが、これも、かなり、ひどいものです。
 
反省を全くしない人というのは、同じ人間なのに、自分を完全に問題の外に置きます。そして、今回のように、当事者であるにもかかわらず、「 st、shalom 問題 」と、平気で書いてしまうのです。
 
実際は、「st、楽山、 shalom 問題 」ということです。シャロームもですが、もちろん、今、いちばん問題なのは、楽山であります。私の問題は、批判を書いても書いても、まだ、足りないという経過が続いていることでしょう。
 
(以下、「〇」印が、今回新たに書き加えたか修正したところです。)
 
*経緯説明
先日、shalomさんからコメントがあったので、何気にその方面について検索してみた。いろいろと見てみたが、どうもこれまでの経緯をまとめておいた方がよさそうに思うので、ざっと書いてみる。
なるだけ時系列に沿って書こうと思うが、はなはだ頼りないことながら、早くも記憶は薄れてきてるので、勘違いがあったり、事柄が前後したりすることもあるかもしれない。ご了承願いたい。
というわけで、まずはこの辺りから書いてみる。
 
頼りないという自覚があるなら、書かないことです。やっていることと、言っていることの、釣り合いが取れていません。そのあとの、前もっての言い訳は、白々しい作為であり、見苦しい限りです。
 
〇 要するに、楽山は、自分の書くことはめちゃくちゃだが、承知で読んで受け容れよ、と書いているようなものです。それは、結局、楽山の謙遜は見苦しい言い訳だと、自分で言っているのです。
 
・楽山ブログにstさんからコメントが入る。
stさんのブログを見ると、訂正不能はダメとか、教条主義でなく情緒が大切とか、共感できる考え方だった。
 
「・・とか」という言い方で、語れるほど、楽山の意識の低さが表れています。楽山から共感を得たということは、無いと思います。楽山は、嘘ばっかり言ってます。
 
〇 楽山は「共感できる」といっていますが、この後も、信仰の心を無視して、奇跡や超常の救いにこだわり、それが無いからと、神を否定しているのです。しかも、それを、繰り返し、書いてきます。ということは、つまり、「共感できる」は、楽山の大嘘だと言うことです。
 
・stさんがすごく落ち込み、傷付いている様子の記事が出る。
気の毒に思って、事情を調べてみると、ヨシュアという人からボロクソ言われたせいらしい。
 
やはり、嘘は全開のようです。ヨシュアは、個人情報をブログから引っ張り出してはダメ人間とか精神病とか言ったり、罵詈雑言ばかりを言いますがから、付き合えない人ですが、楽山と違って、ヨシュアは本性丸出しなので、こちらが傷つくことはないのです。
 
〇 ここは、楽山の、白々しい同情芝居です。こうやって、人に気遣いを見せているようで、実は、自分の謙虚さをアピールしてきたのでしょう。全部、嘘と言うことになります。
 
〇 直接、ボロクソに言うのと、他者の言うことを無視して、ネチネチ、しつこく同じことを書くのと、どちらが、悪性度が高いでしょう。悪口は書いていない、というつもりでいるほうが、善のふりをする偽善であり、より悪性度が高いのです。いつも、楽山は、偽善という最悪なのです。
 
stさん側に同情、擁護。
ヨシュアさんは、st自由同一人物説を主張してきた。
・stブログで、shalomさんを偽善者などと糾弾する記事を出る。
偽善はダメとか、訂正不能はダメとか、それはそうだろうと思う。
 
シャローム批判の「記事を出る」(が出る、を出す)ではなく、シャローム批判なら、楽山と出会うずっと前から約8年間書いています。
 
・stブログで、shalom批判記事がつづく。
shalomブログをちらと確認するも、そこまで強く批判する理由はいまいちわからず。
でも偽善はダメ、訂正不能はダメとかは、それはそうだろうと思う。
 
楽山は、シャロームのお仲間だから、(〇私の批判について)分からないと言うわけです。シャロームの味方ですし、こちらを否定してきたのだから、楽山もシャロームの仲間としてカルト批判の対象になります。
 
「偽善はダメ」「訂正不能はダメ」という言葉に「それはそうだろう」と、実感もなく肯定しています。この軽さは、楽山も、嘘とボンヤリ言語の偽善者だからでしょう。
 
〇 自分は分かっている人アピールです。丁寧語で、中立を装う偽善です。だんだんと本性を表します。この辺の楽山の筆致も、読み返すだけで、うんざりします。
 
・shalomさんが楽山ブログに来る。
stさんの批判記事を見ていたので、悪い人かと思っていたら、話してみると、わりと普通。
ときどき、stさんに向けて皮肉めいたことをチクリというので、これが問題視されているのだろうなあと思い、注意すると素直に応じる。
いつぞやは、皮肉か何かを言ったことで、stさんに謝罪し、そのあと、負けるが勝ちといって舌を出すようなことをした。案の定、stさんは激怒。
言わんこっちゃない。
 
「謝罪」、のち、「負けるが勝ち(笑)」とは、シャロームの白々しい嘘の一例にすぎません。シャロームの恐ろしさは、反省しない、自己中心、訂正不能の神がかり人間離れの妄想信仰などです。だから、これは、付き合い上、無礼だったという話ではなく、シャロームの体質を表している重大なことです。
 
最近、シャロームは、何度か、私のライブドアブログに、説得力のないコメントを書いてきました。私は、(〇 批判を)返しましたが、シャロームは、それを受け取って返すことの出来ない人です。妄想信条に染まったものは、こうなるということです。
 
楽山に、妄想があるかどうかは、まだ、はっきりしませんが、人間的な感情の鈍化と、理路を読み書きの拙劣さが、今まで目立っています。子供の作文のような記事をもって、宗教と信仰と真実を扱うので、いつも、的を外しています。この楽山の記事も、タイトルからして、真面目に話す自覚などないことが表れています。
 
〇 霊が分かるっぽい → 超常も分かる、自分は特別な存在、神に文句をつけて否定することも出来る、これら総て、書くものを読めば、大嘘だとバレています。
 
たしか、この頃、shalomさんは皮肉を言うことについて、あんまり酷い言われようなので、皮肉の一つも言いたくなるというような説明をしていた。
当時はそれでも止めといた方がよかろと思ったけど、今はそりゃそうだろうなと思う。
 
シャロームshalomは、あんまり酷い言いようで、はぐらかし、言い逃れ、言い訳、詭弁と妄想教理、という間違ったことばかり言って、こちらの指摘に全く答えません。8年間、ずっとそうです。
 
>・stさんの執拗なshalom批判はつづく。<
 
8年間、今まで、そして、これからも、シャロームが書いてきたら批判を続けて、広く知らせるほかにないのです。シャロームは、反省も学習もしないからです。
 
批判が「つづく」ことを、いちいち書いているようだが、これは、しつこい、という印象を与える刷り込み、すなわち、印象操作に当たります。
 
はじめのうちは、記事を公開したら、それに批判があったとしても、ある意味当然だろうとか、shalomさんの記事に対して、stさんなりの感想を書いてるんだろうと考えていたものの、shalomさんの発表する全記事に噛みついてるようなのは、ちょっとどうかとも思う。
 
感想ではありません。批判ですから、本人が変わらない場合、読者に警鐘を鳴らすために続くことになります。シャロームは、記事を書くたびに、惜しみなく偽善を表してきました。
 
stさんに対して、批判のやりすぎをそれとなく注意してみたり、北風と太陽の話を振ってみるが、反応はいまいちなので撤退する。
以後、折を見て、批判のやりすぎはよくないという話をするも、効果なし。それどころか逆ギレの気配あり。おそろし。
 
いつのまにか、批判のやり過ぎということになっている。
 
〇 そして、本性を表し、おそろし、という、とても幼稚な、無根拠の決めつけが表れています。
 
子供レベルで、真実追求や批判の話をすると、こうなるという例でしょう。
 
〇 このように、丁寧に、作為的に、話の筋を、変えてゆきます。楽山の、詭弁や、そしてカルト思想の宣伝のやり方なのでしょう。卑怯な裏の細工しかできない者の特徴です。詭弁恐ろし。
 
・易坊さんとstさんの議論のとき、stさんの応答がおかしかったときがあった。当たり前のことが伝わっていない、ありえない勘違いというか、そんな感じ。
易坊さんは、ほらこれだという風に示してたので、こういうことは過去にもちょくちょくあったっぽい。
 
いつの話が分からない、遣り取りの例示も出来ないことを上げて、易坊を正当化し、ありえない、ちょくちょくあったっぽい、という刷り込んできます。吐き気のするような誘導です。
 
〇 「応答がおかしかったときがあった。当たり前のことが伝わっていない、ありえない勘違いというか、そんな感じ」・・楽山は、根拠を示すことが出来ません。例示すれば私が反論することが分かっているからでしょう。決めつけ、印象操作、刷り込みにあたります。
 
・shalomさんがサイクリングして楽しかったことをコメントしてきたことがあった。これに対して、stさんは、あなたにはそんなお気楽なことを書いてくる資格はないとか激怒してた。
 
文脈から、全く場と文脈にそぐわないことをシャロームが言ったのだろうと思います。
また、シャロームは、確かに、気楽な日常話をする状況ではありません。今も。
 
私が批判していることを承知の上で、楽山は、私が異常だという印象を刷り込んできます。
 
とても気色の悪い筆致と文脈ですが、私を怒らせようとしているのか、それとも、とにかく悪いのだ、という決めつけを貼りつけてきたのか、楽山が理路を追わない人であり、とても議論など出来ないような、当てつけ臭い煽動者であることを自ら表しています。
 
ケチな煽動家は、ふつうに、こういうやり方ですから警戒してください。言い方を選ばないので、近づかないのが一番です。これで、楽山は、恥ずかしくないのです。恥も罪悪感もないからでしょう。おそろし。
 
またshalomさんは、ご親族が骨折した話をコメントしてきたことがあった。これに対するstさんの反応は、shalomは同情を引こうとしているという糾弾だった。
私は、いくら意見対立がある相手だとしても、それとは関係なしに、日常の楽しかったこと、不幸などについては、「楽しそうで何よりだ」「気の毒に、大事にしてください」みたいに普通に応答するもんだと思ってるので、stさんの態度は理解不能ではあった。
 
〇 普通の人は、お互いに意見を受け取って反応している場合は、意見が対立しているときでも、普通にやり取りできるでしょう。
 
〇 楽山の、心にもない世辞の言い方が例示されています。楽山は、恐らく、怒り心頭に発している相手にも、「気の毒に、大事にしてください」ということが、やさしさだと思っているようです。
 
〇 しかし、対立しているときに、議論中断を申し出る以外で、一方が個人的な不幸の話を言い出すのは、同情をひいて、矛先を鈍らせる意図の可能性もあります。
 
〇 楽山は、そういう状況など、まるで考えることの出来ない人で、状況を弁えず、ふつうのいたわりが通用すると思っているのでしょう。こういう白々しい人だから、前に、そのうち、殴られるだろうと書いたことがあります。
 
〇 楽山も、シャロームも、こちらの意見を受け取らずに、自分の言いたいことだけを言います。そういうときに、普通の応答をするのが正常だと思うこと、そして実際にそうすることのほうが異常です。この記事の、楽山の文章がそうです。
 
〇 シャロームは、世辞と、けなしを、同じコメントの中に書いてくることがあります。そこからも、シャロームが、人間感情を、まるで理解していないことが分かります。
 
実際には、しばしば、楽山とシャロームは、全く状況に合わない世辞を入れてきます。これが異常だと理解できない楽山は、まことに異常です。
 
私も、けっこうな批判屋ではあるけど、さすがに議論テーマと関係ないことまで激怒したり、批判する気にはなれないので。
これがいわゆる坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというものかと思ったりもした。
 
〇 楽山は、批判者ではなく、詭弁屋、そして、煽動者です。今までの文章から、楽山に理路を整えた批判は出来ません。整っているかのように見せかけ、被害者に見せかけることだけですが、それらは、ことごとく失敗しています。
 
〇 つまり、私が、憎しみだけから批判している、という印象操作です。「思ったりもした」・・作為が分かれば、この砕けた婉曲表現は、とても汚い曖昧な筆致です。
 
このように、全くの自己中心の身勝手で、楽山もシャロームも決めつけてきます。だから、直接の遣り取りより、彼らの言い分には、批判記事を当ててゆくことが必要なのです。
 
 
〇 ※ ここからは、新規投稿部分です。
 
総ての言論には、「と思う」がついてきます。人間の主張ですから当たり前です。それを、ちゃんと書くべきだと言って、わざとらしく、語尾を曖昧にしたり、砕けた言い方にしただけで、責任から逃れられると思っている楽山は、とても醜いです。
 
オウム真理教、HS、統一教会、アドラー教などは、既に大きな組織であり、個人が批判しても抗うことは難しいでしょう。さらに、抑制~潰すこととなると、個人による批判では困難でしょう。しかし、これらは、名も知られているし、トラブルも起こっていて、公から目も付けられ警戒されているでしょう。
 
ですから、楽山の自己愛的超常気取りとか、シャロームの妄想的偽キリスト教などのように、個人ブログで、おかしなことを言っているカルト的偏向思想屋は、個人~小集団レベルの間に、変だと思った別の個人が批判することが可能であり、必要であり、批判する意義もあると思っています。
 
(つづく)
 
 
闇の細工

闇の細工
 
 
(2019年11月23日、同日一部修正)
(2020年11月28日、加筆して再録)
何度でも再録することになるかもしれません。
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
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