被害的・他罰的2の2
 
   楽山から見た st、shalom 問題を振り返る
   楽山日記(a)2019-11-21 に対する批判を加筆して再録。
 
 
(以下、「〇」印が、今回新たに書き加えたか修正したところです。)
 
〇 実際は、 「st、shalom 問題」ではなく、 「st、楽山、shalom 問題」であり、最も大きな問題は、楽山の、無反省・無責任・訂正不能・自己愛性病質であります。
 
・shalomさんが、stさんのことを自他未分化と批判してた。
初めて聞く言葉なので、その意味ははっきりとはわからないものの、字面からゆくと、一理あるかもしれぬとは思う。
 
〇 ここで、はっきり、私が自他未分化、ということに、「一理ある」と賛同しています。おとしめる発言の重大性を考えれば、「かもしれぬ」は、付けても付けなくても一緒です。婉曲表現を重ねながら、だんだん、シャローム寄りに導いてゆこうとする作為です。
 
〇 シャロームこそ、人間としてあるべき分化をしていないと思います。何故なら、神と自分の区別もつけていないからです。いつも神の啓示と聖霊の導きだと訂正不能に確信して、どこにも届かない妄想教を捏造し、教えようとします。これは、常に、徹底的に拒否し、根こそぎ否定しなければいけません。
 
〇 人間としての身の程を弁えないと、シャロームのように、神の立場から人を裁いて、ふんぞり返るようになります。そういう神と人の区別が、信仰も宗教も知らない楽山には分からないのです。
 
stさんは、楽山に対して、shalomさんと口を利くなとか、あれこれ命令してきて、楽山が独立した人格であることに、てんで気づいていないようだったので。
 
〇 そう言ったかどうかは覚えていませんが、少なくとも、今は、口をきくなとは言いません。シャロームも楽山も、独立した人格ではなく、受け入れれば、社会悪につながるような狂った判断を決めつけてくる同じ穴のムジナとして同調していると判断しているからです。
 
・もう一つ、shalomさんがstさんのことを、自戒と他戒の区別がついてないとか批判してたことがあった。
そう言われて見れば、stさんが訂正不能はダメとかいうのは、訂正不能にならないようにしようという自戒というより、shalomは訂正不能だからけしからんと裁くことに使われてた。偽善とか、その他のことについても同様だ。
 
訂正不能を批判するのが、どうして、裁くことになるのでしょう。被害的とは、このこと。
けしからん、などと、感情的な言い方はしていないと思いますが。
 
〇 私は学習を意識し努めています。ゆえに訂正可能です。楽山もシャロームも、訂正するような、よりよい意見を言ったことが、一度もないだけです。このことも、何度か書いてきたのに、受け取っていないようです。
 
誰よりも、自戒が出来ず、他戒にもならない嫌らしい当てつけや、嫌がらせをしてくるのが、楽山とシャロームであります。今回もそうです。不治の病のようです。
 
〇 シャロームは、訂正不能の妄想を豪語し、楽山は訂正不能に理路にならない決めつけを、曖昧ボンヤリ言語で、一方的に言うだけなのです。決して近づかないでください。彼らは、一時的ではなく、常に明らかに病的な異常です。
 
〇 読み返してみると、なおさら、楽山の卑怯さと狡さが、身にしみて感じられます。実に嫌らしい。
 
・shalomさんはお話し好きなようで、他のブログのコメント欄を訪問することがよくあった。でもそうすると、そこにstさんが突撃して、shalom批判を連投していた。
そういう場合、そこのブログ主さんは、shalomさんとは対話しても、stさんはスルーしてるようであった。
 
〇 私は警鐘を鳴らしているだけです。シャロームは、他のブログの言い分を理解していないのに、他者の言葉にシャロームのゴタクを混ぜて、褒めあげるという卑しいやり方をして、悦に入るという常習の性癖があります。だまされないでください。
 
〇 楽山とシャロームは、病的な自己愛からの、だまし好きであって、お話好きではありません。二人は、深い意味では、誰とも話が通じない者たちです。だから口数は多いでしょう。シャロームは、妄想からのベタ褒め讃美、楽山は、曖昧ボンヤリ言語と謙虚芝居のトホホ言語が特徴です。
 
・易坊さんはいつどや、stさんと楽山はさびしいんだと思うとか、友達を欲しがってるとかそんなふうなことを言ってて、私はいまいちピンとこなかったのであるが、今はstさんはそういうところはあるように思う。
 
実に、余計なお世話であり、同情とは全く別の、楽山の軽蔑のやり方でしょう。シャロームもそのような同情めいたことを言うことがありますが、結局、自分を高みにおいて、相手を哀れで未熟な者として下に見ることが目的です。
 
つまり、さびしいんだ、友達を欲しがっているんだ、という決めつけは、それだけ、相手にされない哀れなやつ、という、おとしめに他なりません。楽山は、今回も、婉曲的に、持ち前の嫌らしさを出してきました。
 
〇 加えて、相手を、低く見なすための、一種の常套手段なのです。同情の言葉など通用しない状況でも言ってくることで、バレる嘘なのです。
 
二人とも、相手を低く見て、シャロームは教師として教えようとし、楽山は注意・忠告のような書き方をしてきますが、そういう上からの話は無礼だから控えるべきなのに、自分を見ることが出来ないために、分からないのです。親切ごかし、そして、偽善です。
 
話し合いをする上で大事なことが何も分からない二人なのです。決して二人と話し合おうなどと思ってはいけません。付き合い続ければ、異常・病気が体質として刷り込まれる可能性が高いです。自分を見ないゆえに反省不能で、ゆえに他者の気持ちが全く分かっていない自己中心なのです。
 
shalomさんと私が話をしてると、強引に割り込んできたし、人は人、自分は自分という風に、他に過干渉することもされることも回避する考え方に、猛烈に反発するのはそのせいかなと。
人恋しい人が、スルー推奨という考え方に賛同するわけもなかろと。
 
コメント欄では、そういうことはあるわけだから、それを異常と思うことが、むしろ異常です。答えられないものだから、今、いちゃもんを付けているだけです。
 
〇 スルーということで言えば、二人は、都合の悪いことを、スルーというやり方で無視します。しかし、自分の都合の良いことだけを発言し、注意してもスルーするなら、交流も議論も成り立ちようがありません。
 
〇 こういうことさえ、理解しないのが、楽山とシャロームなのです。都合の良いことだけ言って、都合の良い世辞しか受け入れないような相手と、いったい誰が交流し議論するというのでしょう。
 
人は人、自分は自分、というのは、独り立ちしていて、それぞれに、するべきことをしている人間同士に成り立ちます。楽山とシャロームは、人の気持ちも、人の迷惑も、何も考えていないと思います。だから、今回も、一方的主張で、私をおとしめています。そうしないと気が済まないのは、それこそ、病気でしょう。
 
・そんなこんなで、私の立ち位置は少しずつshalomさん寄りになって行ったのではあるが、私が、過干渉はよくない、人は人、自分は自分、人それぞれをよしとする記事を出したことが決定的となったようで、以降、私はstさんから、shalomさんと同軸だと判定され、批判対象とされるに至った。
 
〇 楽山の宣伝と詭弁に合うような「そんな」も「こんな」もありません。人それぞれを、自己中正当化に使うのは、シャロームも楽山も、同じのようです。楽山やシャロームなどの易坊類は、一人による成りすましではないかという疑いもあります。
 
自己中心、無反省、訂正不能、罪悪感と羞恥心の欠如、いつも人のせいにする、人の言うことは聞かない、だけど言いたいことは言う、という点において、楽山とシャロームの二人はお仲間であり、体質的にも似ていて、同軸であります。ゆえに、許容してはならず、また、成りすましも疑っています。
 
それ以降は、私もshalomさんと同じく、やることなすこと全否定されることになった。
ただstさんの楽山批判は、自分の見た範囲でいうと、私の意見を曲解、歪曲したうえで非難したり、私の内面を邪推したうえでボロクソ貶したりで、私怨まる出しで読むに堪えないものばかりだった。
 
〇 全否定に相当することをしてきたのは楽山であります。批判に対して、反論も弁明も成り立ったことがありません。まるで根拠がなく反省が見られません。楽山の災いは、ずっと書いてきました。それでも、ここでも、そして今も、記事を書き、正常人のように振る舞う楽山は、腐っています。
 
楽山の記事について、私の批判が曲解・歪曲であるという根拠と例示などを上げての説明を、楽山は、一切していません。何を、勝手にまとめて、根拠もなく、言っているのでしょう。
 
〇 楽山の文章は、ストレートな批判より、はるかに質(たち)の悪い、当てつけと嫌がらせという雑言で出来ています。そこが分からない楽山だから、丁寧に書いておけばよいという気安さで、人を侮辱しているのです。
 
ボロクソ節の豪語は、シャロームの得意技です。私怨ではなく、社会悪につながる危険があるから、批判し、二人のことを広く知らせる必要があるのです。極めて偏った人格の二人です。丁寧語に騙されないでください。
 
stさんのshalom批判を見てるときは、stさんの文章をここまで酷いとは思わなかったけど、こういうのは自分が批判対象になると、どこが曲解、歪曲、邪推かよくわかるし、その酷さをはっきり認識できるもののようだ。そういうわけで、今は前以上に、shalomさんに同情しているし、当初はshalomさんに批判的で厳しすぎたようで申し訳なく思う。
 
〇 酷さを認識できるなら、根拠を説明できるはずですが、楽山は、まともな理路を組み立てることが出来ないので、このように、決めつけて文句を言うだけです。
 
〇 そして、「酷さをはっきり認識できるもののようだ」と書いていることに注目してください。「はっきり」と言いながら、「もののようだ」と、やわらげて、あとで、断定していないから責任問題は発生しない、などと言うのが楽山です。
 
〇 これが、恐らく体質的な人格の異常からの作為と悪意の誘導であり、結論であり、以後訂正不能であり、ときに悪口の機関銃みたいに書いてくる楽山の正体なのです。一切、根拠が示されていません。
 
〇 楽山から見て、酷くない文章というのは、楽山の文章なのでしょう。しかし、私から見れば、楽山の文章は、自らの人格破壊を表し、他者に人格破壊をもたらすだけなのです。そういう文章を書くようにだけはなりたくないのです。
 
批判というものは、自分に向けられたとき、不当に思われ、被害的、他罰的になりやすいものです。そこを自覚し反省し克服できる人が、真実の追求に向いています。楽山の言っていることは、真逆であります。
 
〇 楽山の言っている議論は、まるで、怒りながら、否定しながら、世辞を入れるようなものです。
 
〇 楽山は、自分が批判対象になって、ますます、その反応に理解力のなさが目立ってきています。今回の記事も、最近の記事も、それを表しています。省みる姿勢が何も感じられません。丁寧語によるボロクソ節を言うことに躍起になっている楽山です。
 
・以上、この件についての顛末はこのようなものである。
こんなことを書くと、ますます恨まれて粘着されるだろうことは予想されるけど、このようなことは何回も繰り返されてきたようだし、今後、面倒に巻き込まれる人が出ないように記事にしておいたつもりである。
もちろんこれは私から見た顛末であるし、相手には相手の言い分があるのだろうから、この問題に興味がある人は、相手方のブログも確認してみたらよいと思う。
 
まるで、正当な顛末になっていません。楽山の理路は、相手のせいにし、相手を責める一方向に固定して、駄々を捏ねているだけの子どもだましです。
 
〇 私は、粘着するような魅力を、楽山には全く感じていません。楽山には、真実追求のテーマを扱うブログの世界から、一日も早く、いなくなってほしいと思っています。
 
〇 楽山という面倒は、全く自覚のない粘着性の訂正不能の自己愛性の病質者ですから、誰も関わらないように、近づかないように、心から願っています。
 
・ついでに、この件での教訓を書いとくと、
ネットストーカーとか、
他人を攻撃せずにはいられない人とか、
サイコパス、人格障害とか、
その手の知識は前もって知っておいた方がよいということ。
これ、ほんと、大事。
 
〇 このように、気に入らない相手には、ネットストーカー、攻撃だけする人、サイコパス、人格障害、などと、あっさり決めつけてきます。
 
〇 自分が言われそうなことを、何の根拠も示さないで、相手に当てはめて、まともに返したつもりなのです。思慮がないというか、結論だけというか、話にならない人です。こういうことが、ずっと続いてきたのです。
 
〇 楽山とシャロームに対して、善人芝居と詭弁と嘘という偽善の予備知識は「ほんと、大事」です。しかし、この二人は、慣れているようですから、だまされないためには、相手にせず、関わらず、近づかないのが、いちばんでしょう。
 
〇 楽山は、本当に大事なことを全く知らないと思います。自分の決めつけや思い込みが災いだということを認識できないのです。恐らく情緒面にも欠陥があり、冷静な理路の判断も出来ないのだろうと思います。
 
〇 このことは、哀れではありますが、もともとの体質が、そうなのかもしれませんし、少なくとも、私が関わってから、私がトホホ言語と呼んでいる反省芝居を時にするようになりましたが、一度も、真実味のある内省的なところを見せたことがないのです。
 
〇 やさしげで砕けた言い方に惑わされないでください。楽山は、自分が上の異常に当てはまることを認めたくないから、逆に、そういう丁寧語で書いて、ごまかすしかないのです。
 
〇 よくも知識が必要などと言えたものです。楽山は、子供じみており、一方的で、話の分からない駄々っ子なのです。かといって、やさしく接すれば、それだけ、思い込みを強くするだけでしょう。
 
楽山は、言葉を覚えるだけで、その意味も、使い方も、理路も、感性的理解も、分かっていない人です。本を読むけど、煙に巻くような、ああでもないこうでもないというボンヤリ言語しか表せません。
 
今までは、それで、だまされて受け容れてくれる人が多かったのでしょう。しかし、重大なテーマ、宗教、思想、人生などについて、楽山が語ることは、一切、信頼できるものではないのです。決して、関わってはならないと思います。
 
今回、楽山は、何を、だらだらと書いているのでしょう。あることないこと、ぶちまけて、私のせいにして、何が、よくなると思っているのでしょう。憂さ晴らしと嫌がらせ以外の何ものでもない、いちゃもんと、ひねくれた一人前気取りの独り相撲に過ぎません。
 
〇 私の批判対象として、今は、楽山とシャロームです。易坊はどうしているか知りません。ただ3者の成りすましを疑っています。
 
〇 楽山は、今回、まとめて批判したつもりなのかもしれません。しかし、読んでみると、楽山が、いちゃもん、クレーム、文句、不平不満、という悪口と、正当な批判を、全然、区別できていないことが分かります。理路がなく、決めつけているだけです。
 
シャロームのような楽山のお仲間や、楽山やシャロームと仲良しで、既に、楽山のボンヤリ言語やシャロームの丁寧語に染まって、すっかり、二人を無条件で贔屓しているような人については、何を言っても無駄でしょう。恐らく、似たような、破壊された人間の様相を示すようになるでしょう。
 
しかし、楽山やシャロームとの関係を断つなら早いうちがいいです。致命的な影響を受けないうちに、染まることのないように、冷静に、楽山から、離れてください。そして、二度と関わらないようにしてください。二人は、自分が何者か、まるで分かっていないのです。
 
私は、誰でも批判しているわけではない、という事実が、楽山がだらだら書いた長文を、全部否定しているわけですが、この二人だけは、それが分からないのでしょう。
 
シャロームの丁寧語や楽山のボンヤリ言語を聞くと、吐き気を催すようになっています。もう殆ど、生理的に、感知している臭いなのです。
 
今回の楽山の記事で、楽山は、何か弁明か、批判返しをしたつもりなのでしょうか。全く、理路がなくて、じめじめした、しつこくて陰湿な悪口だけになっています。文章の歯切れが悪く、掘り下げることが出来ず、判断することも出来ず、わざとらしい砕けた言い方で、柔和に見せかけて、ごまかしていますが、受けを狙っているのでしょうか。
 
〇 今回の楽山の文章に賛同する人は、かなり、自我の弱い人で、それこそ、楽山に騙されている御ひいき筋ということになるでしょう。楽山に影響されて、楽山と同じように、言葉の組み立ては出来ないのに執拗にねちねちと文句だけを言うような人にはならないでほしいです。
 
〇 そして、今後は、楽山の文章こそが、ブーメランのように、被害的で他罰的な精神が固定されて訂正不能になっている楽山を否定してゆくのです。そこには、楽山の異常が、前にもまして、積まれてゆくでしょう。自己中心が招く人格破壊は進行性だからです。シャロームにおいては、既に、如実に表れてきました。
 
〇 楽山が、正直であろうとするなら、間違っていたことを認めることから始める以外ないのです。正直とは、そういうことです。いくら、言葉面を、よさそうに、まとめても、無駄なのです。
 
 
 
(※ ここは、新規投稿部分です。)
 
問題は、楽山とシャロームなどの小さい二つの異常な個人カルト思想屋も、ひょっとしたら、大きなカルトと関係があるかもしれないということです。その辺は、なかなかネットでは分からないところです。
 
そして、気味の悪いのは、楽山とシャロームが、示し合わせたかのように、同調していることです。一人による成りすましも疑われますが、今のところ、主張内容の異常さは明らかでも、どういう関係で繋がっているのかまでは分かりません。
 
楽山とシャロームが、個人カルトに留まるのか、ゆくゆく社会問題となるのか、既に大きな組織のメンバーなのか、そういったところも見てゆかねばなりません。この辺が、個人が批判してゆく限界なのかもしれません。
 
 
闇から闇へ

闇から闇へ
 
 
(2019年11月23日、同日一部修正)
(2020年11月29日、加筆して再録)
何度でも再録することになるかもしれません。
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
https://ameblo.jp/st5402jp/
https://stdsts.hatenablog.com/
(古い記事は載っていません)
 
https://st5402jp.blog.fc2.com/
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
https://blogs.yahoo.co.jp/st5402jp
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