被害的・他罰的2の3
 
   st、shalom 問題を振り返る(追記、加筆修正アリ)
   楽山から見た st、shalom 問題を振り返る
   楽山日記(a)2019-11-21 に対する批判を加筆して再録。
 
 
楽山は、引用元記事を、大幅に追加していました。ここでは、追加分を批判します。ここから、私は、新規記事です。ここでも、既に言ったことを、受け取らず、無視して、また、蒸し返して、同じ言い逃れをしています。
 
恐ろしく長い記事です。このように、読者への配慮をしないところが、今までも、しばしば見られたところの、楽山の特徴です。楽山が自己中で慢心する人だという状況証拠でしょう。
 
・stさんは、shalomさんをカルト呼ばわりするけれども、霊感商法をしたとか、献金詐欺をしたとか、自分を信じないと地獄に堕ちると脅したとか、そういう事実の指摘はない。
 
詐欺・恐喝などの被害の出るような犯罪行為が起こってからは、警察の仕事です。批判レベルの追及は、それ以前の段階にあるという判断があるからです。カルトの定義が、楽山とは違います。前にも書いたことですが、楽山は都合の悪いことを無視するのです。
 
もっぱら偽善だとか、悔い改めがどうとか、自分の価値観、判断を振り回して、shalomさんにカルトのレッテルを貼るばかりで、客観的なカルトの基準と比較して、それに合致するからカルトだということはない。
 
批判するべき段階は、この段階です。つまり、シャロームの偽キリスト者だと分かれば、批判対象になります。楽山の言うカルトの基準に合致することは、客観的というより最悪の場合であって、批判の代わりに警察の捜索と取り調べがあるということです。楽山は、人の記事を読まないし、受け取らないので、何度言っても分からない厄介な人です。
 
そこで私は、藤倉善郎の「カルトの定義をめぐるあれこれ」を提示しつつ、カルト呼ばわりするなら、違法行為や人権侵害の事実を指摘するべきであって、それができないならカルト呼ばわりすべきでないことを指摘した。
 
違います。カルトの犯罪性は、教義の反社会性の段階で分かる場合があります。シャロームの偽キリスト教は自己中に神を結び付けたものであり、意図的であろうとなかろうと、キリスト教を名乗っている以上、偽物であり、十分に批判対象となるのです。
 
これに対して、stさんの反論は、何かあってからでは遅いとのことだった。彼は何か悪いことをするに違いないから攻撃するというのは、明確な人権侵害だろうが、そんなことは気にしないらしい。
 
私が見ていないあいだに、楽山は、好きなように書いていますが、皆外れています。何か悪いことをするから攻撃するという理由ではなく、言っていることがキリスト教ではないからです。ゆえに、言論レベルで厳しく批判するべきです。何か悪いことをしたら、警察です。楽山は、そんなことも分からないのでしょうか。
 
このように、楽山は、悪質な詭弁で正当化してきます。ゆえに、今後も、決して、手を緩めることなく、批判し続ける必要があることを、再認識しています。
 
ちなみにstさんのいう「何か」とは、その後、shalomさんや楽山によって自分は消されるかもしれないという発言していることからすると、殺人事件を念頭に置いているらしい。
傍から見て、shalomさんに殺されるかもしれないというのは極端な被害妄想だし、そんな妄想を根拠にカルト呼ばわりするのはおかしな話だ。
 
凄い出まかせを書いています。楽山の攻撃とはこういうものなのか、だとしたら、楽山という人間に嫌われると、殺人事件にまで話を広げて、おとしめられるということです。生来の嘘吐き、そして、詐欺師なのかもしれない。人格障害は、既に、詐欺など犯罪一歩手前か、一歩入っているのか、平気で嘘を吐く楽山は、極めて凶悪です。
 
・そんなこんなで、私の立ち位置は少しずつshalomさん寄りになって行ったのではあるが、私が、過干渉はよくない、人は人、自分は自分、人それぞれをよしとする記事を出したことが決定的となったようで、以降、私はstさんから、shalomさんと同軸だと判定され、批判対象とされるに至った。
それ以降は、私もshalomさんと同じく、やることなすこと全否定されることになった。
ただstさんの楽山批判は、自分の見た範囲でいうと、私の意見を曲解、歪曲したうえで非難したり、私の内面を邪推したうえでボロクソ貶したりで、私怨まる出しで読むに堪えないものばかりだった。
 
私の批判を、私怨レベルに、おとしめる楽山の詭弁と印象操作の誘導です。こういう、おとしめ、けなしの類しか書けない楽山です。ということは、宗教を語る資格など微塵もないワルだと、楽山は、自分で証明しているわけです。
 
stさんのshalom批判を見てるときは、stさんの文章をここまで酷いとは思わなかったけど、こういうのは自分が批判対象になると、どこが曲解、歪曲、邪推かよくわかるし、その酷さをはっきり認識できるもののようだ。そういうわけで、今は前以上に、shalomさんに同情しているし、当初はshalomさんに批判的で厳しすぎたようで申し訳なく思う。
 
ここは、既に批判したと思う。上に書いたように、えげつない悪口を書いてくる楽山、人間とは思えないです。サイコパスそして虚言癖の詐欺師人格と言ってよいでしょう。何か言えば、自分の都合で嘘を吐くのでしょうか。既に素人ではなく、前科でもある人なのでしょうか。
 
・stさんは、楽山はクリスチャンになりすました、クリスチャン芝居をしたと非難した。
私は前々から自分はノンクリであること、無宗教であることを書いているので、なぜそういう話になるのか分からない。
 
私は、祈りのようなスタイルのクリスチャン芝居をしたと書いています。「無宗教であることを書い」たうえで、そうしているなら、それこそ、平気で事実を捏造してくる確信犯です。言論どころではない、ネットからも完全に追放するべき男なのです。倫理も道徳もあったものじゃない。
 
・stさんは、今でもshalomさんが悔い改めは必要ないといったと非難し続けている。私はこの件について、shalomさんに確認したところ、悔い改めは必要だという回答を得た。でもstさんをその後も、shalomさんが悔い改めは必要ないと言ったといいつづけている。
shalomさんが過去にそういう発言したのか、そう誤解される発言したのか、それともstさんがそう思い込んでいるだけなのかは、私は判断する材料は持たない。ただshalomさんが悔い改めは必要だと明言しても、stさんの見解は修正されなかったとはいえる。
 
ここも、でっちあげです。シャロームが、悔い改めは必要だといったのは、悔い改めは神が与える、という、とんでもない妄想からの発言であります。
 
悔い改めは、超常現象ではなく、人が、自らの自由意志によって、正直に、罪を悔いて、神に告白をすることです。悔い改めは神が与えるなどと、では、いったい誰が悔いて、改めるのでしょうか。言ってることがメチャクチャなのです。二人は、あらゆる良心の敵です。
 
・stさんは、たびたび、「私の批判対象はshalomだ」という言い方をする。
ここから、stさんの目的は、真実の究明ではなく、相手の人格を否定することにあると察せられる。
 
真実追求の邪魔となり妨害となるような、自らの妄想をキリスト教というシャロームと、手段を択ばず、それを詭弁で応援する楽山を、決して許してはならないと再確認します。
 
それだから、shalomさんが間違った場合はもちろん、正しいことを言っていても、それを素直に認めることはなく、表面的にはいいことを言っても本音では悪いことを考えているにちがいないと邪推して、shalomさんの言う事、する事すべてを否定するのだろう。
 
基本が妄想なのだから、シャロームが、信仰について正しいことを言ったなどと言うことは、一度もありません。つまり、楽山とシャロームについて、それが、信頼度ゼロと言うことです。既に、何度も書いています。だから、全否定であり、誰も近づくべきではないのです。
 
ちなみに今は、楽山に対しても同じ扱いになっている。「私の批判対象は楽山だ」として、楽山の人格すべてを否定することにやっきになっている。
 
今回も、その決意を新たにすることになるでしょう。人格が腐っていると判断しています。言ってみれば、自己愛性パーソナリティ障害→サイコパス精神病質だと思う。そういうことしか、書く者に表れていないからです。今回も、というより、今回、まさに、そうなのです。
 
これに対して、私の立場をいうと、真実究明のための議論、対話なら参加する意義はあるだろうが、楽山のすべてにケチをつけて否定したいという悪感情に染まっている相手には、私から何を言っても無駄であろうし、そういう偏った主張は、良識を持つ読者には何らの影響も与えないだろうから、いちいち反論する必要もなく、stさんが正常な判断力を早く取り戻すことを祈りつつ、スルーするということになる。
 
偏っているのは、楽山が悪意全開になっていることです。もはや、楽山に正常な判断力はなく、悪意による事実の捏造と、悪意による詭弁と、悪意による策略と、極めて異常な人格が楽山の本質だとしか言えなくなってきました。誰も近づかないでください、誰も関わらないでください、一日も早く、楽山がネットから消えることを目的とします。
 
・stさんは、shalomさん、易坊さん、楽山らが、自分の知らないことを書くと、インテリ気取り、知ったかぶりだと言ってケチをつけることが多い。こういうところは、自己の屈折したプライド、知的劣等感をさらけ出すことに躊躇ないように見える。
 
インテリ気取りでしかなく、正体は悪意だと、今回、まさに、楽山が、証明しています。屈折というより、既に、曲がって折れてしまっているのが、楽山という病質者の本性です。ここまで行ってしまうワルだったか、という感想を、今回、読みながら、書きながら、実感しています。。
 
>でも私は、自分がまだまだものを知らないという自覚はあるし、
 
こういう謙虚芝居のトホホ言語を、楽山が武器にしているという情報を敷衍(ふえん)したいです。
 
自分に新知識を与えてくれる人は好きである。私にもプライドや知的劣等感はあるけれども、
 
無反省で無責任であるなら、学習することはなく、新知識が身につくはずはないのです。また、楽山のこの記事を見ても、平気で嘘を吐く者に、何的劣等感もないと思います。楽山は、本性を表して、だまし方も、詐欺師のそれになっています。それを生業としてきたのでしょうか。
 
だとしたら、既に、被害者もいるかもしれません。批判より、手錠が必要かもしれませんが、私は、批判しかすることは出来ません。
 
>それより知識欲、知への憧れの方が強い。
 
楽山は、知への憧れなどのような真っ当なものは、何も持っていないと、今回、証明されたと言ってよいでしょう。欲望だけで、嘘を平気で吐くような者には、いかなる同情も禁物です。ネットでもリアルでも、楽山という変質者を、恐怖し、逃げてください。
 
shalomさんのように、その時々の話題に関連した聖書のことばを、さらっと言えるのはすごいと思う。これには向上心を刺激され、自分も勉強しよう、聖書のことを知りたいという気持ちになる。
 
そのような気持ちになる人が、上のような口から出まかせを書くことはないでしょう。嘘です。楽山は、反吐(へど)が出そうなお世辞を言っています。こういう人だったのですね、尻尾を出しまくっています。
 
一方、stさんの文章は自分の事は棚に上げて、人の悪口ばかりで読むのに苦労する。先日みたコメ欄では、shalomさんのポスター貼りのボランティア活動にさえケチつけているのには驚き、あきれた。現実に、世の中をよくしようと活動している人に対して、ネットであれこれ書くだけの人がケチつけているようだったので。
 
楽山の場合は、自分の欠陥も失敗も間違いも嘘も隠蔽して、さらに嘘を吐いて飾って、トホホ言語で謙虚芝居をして、とでも書けばいいでしょうか。信頼度は、ゼロでしたが、今はマイナスです。楽山の言うことは、何も信用できないばかりか、捏造に満ちています。楽山は捏造の世界で生きているのです。凄まじい勢いで、白(しら)を切っています。
 
批判は必ずしも悪ではないと思う。自己研鑽に努めている人が意見するのは意義があるだろう。世のため人のための活動をしている人が、意見するのも意義があるだろう。仮にそれらができなくても、自分なりに努力している人の意見であれば、説得力があり、傾聴に値するだろう。
 
楽山に、それを言う資格はありません。ここに書いている、悪を行い、自己研鑽の欠片もなく、存在意義もなく、世のためにも人のためにもならず、自分のために悪を積むのが、楽山の本性です。そういう実績だけを積んできたのでしょうか。
 
でもキリスト者を自称しつつも、教会には行かない、聖書は通読してない、ボランティアも奉仕活動もしていない、そのつもりもないらしい人が、他人を批判したり、信仰について説教するというのはおかしい。そういう人にも言論の自由はあるだろうけれども、その意見は説得力は持たなかろうと思う。
この辺りの感覚、考え方は、stさんと私とでは全然合わないらしい。
 
私は、怠慢でダメな人間ですと、正直に言うことが、信仰者の除外事項にならないばかりか、そのまま、悔い改めの祈りに通じることを、楽山は全く知らないということです。反キリストだからです。
 
そして、偽善者で偽牧師のシャロームを、褒めたたえる楽山は、結局、シャローム信者でなければ、反キリスト、反信仰者と呼ぶしかないでしょう。何も分からずに、あるいは、開き直って、楽山は、おめき続けています。
 
・以上、経緯を述べるといったわりには、事実の提示だけでなく、個人的な意見、感想もたくさん挿入してしまったが、この件についての顛末は大体このようなものである。
こんなことを書くと、ますます恨まれて粘着されるだろうことは予想されるけど、このようなことは何回も繰り返されてきたようだし、今後、面倒に巻き込まれる人が出ないように記事にしておいたつもりである。
もちろんこれは私から見た顛末であるし、相手には相手の言い分があるのだろうから、この問題に興味がある人は、相手方のブログも確認してみたらよいと思う。
・ついでに、この件での教訓を書いとくと、
ネットストーカーとか、
他人を攻撃せずにはいられない人とか、
サイコパス、人格障害とか、
その手の知識は前もって知っておいた方がよいということ。
これ、ほんと、大事。
 
ここは、前の記事に批判を書いたと思います。サイコパス、人格障害、病的ナルシスト、精神病質、それが、楽山とシャローム、ひょっとしたら同一人物か、あるいは親族か、あるいは仲間か、そういう恐ろしい無分別のワルが、ここにいて、減らず口を叩いているのです。
 
・さらについでに、注意事項を一つ。
楽山がshalomさんと話してたら、stさんはshalomと話すならその仲間として批判するというようなことを言ってきた。今はその通り、楽山も批判対象となったらしい。
そんなら、楽山と話すなら楽山の仲間として攻撃するという発想もするんだろう。
この点、ご注意願います。
 
既に、楽山が、批判対象となって、1年半以上たっていると思うので、そういうことを書いても、既に、意味がないわけです。やっぱり、最後は、警察が出てくる事態になるのでしょうか。人間とは思えない、怖い男です。ひと言、ひと言が、悪意であり、腐っています。
 
*心配無用(追記 2019.11.22)
こんな心配をしてたとは思わなかった。本気でこんなことを考えてるなら気の毒だ。
シャロームと楽山のような易坊類は、今後、非合法な手段を考えるかもしれません。そうなると、カルト組織であるなら、私は無力なので、姿を消してしまうのかな・・とか考えています。今回の記事は長かったけど、一応、ここまでとします。
 」(私)
これについては、私はカルト組織など持たないし、誰かを消そうという考えもありませんと明確に否定しておく。stさんが身近にいる全然関係ない人のことを、こいつが楽山に違いないと思い込んで、やられる前にやれとばかりに先制攻撃を仕掛けるようなことがあってはならないと思うので…。
 
こういう弁明が、全く信用されない文脈に、今、既に、楽山はいます。
 
*テーマ(追記 2019.11.22)
これは、shalomさんのコメントだけど、読書感想文を批判するなら、当該書籍を読んでからにすべきだろうというのは正論と思う。
16. st5402さん おはようございます2019年11月18日 11:42
[省略]
あなたは楽山さんが読まれた本の読書感想文なのに、
あなたはその本を読まずに楽山さんの読書感想文の内容について
批判し、人格まで中傷しているのではありませんか。
[省略]
 
読む以前に、楽山の書いていることに理路の破綻と感性のゆがみがあることが明らかなので、読む必要はない、また、読まないで書ける範囲で書いているということです。
 
楽山が、勧める本や好む本など、読む気もしませんし、超常の話か、右翼の話か、キリスト教否定の話が多かったと思います。楽山の、怪しい、そして、胡散臭い趣味です。まともな本を読んでも、そこから、楽山の悪に沿う言葉面を引用して、悪用するのが、楽山の身の程知らずなのです。
 
また、楽山もシャロームも企む詐欺師だから、誘いに乗って、うっかり読んで、話が複雑になって、疲労するような真似はしないと言うことです。つまり、楽山とシャロームに勧められて本を読む気はないのです。
 
あと、楽山日記の主要テーマには、幸福の科学(HS)教義の相対化及び無効化によるマイコン解除もあるので、その手の記事は、HS教義の知識があった方が分かりやすいとは言える。
HSは自分らは自由な団体だと誇るけど、実際にはタブーがすごく多い。あの映画は地獄的だから見たらダメ、あの著者の本は波動が悪いから読んだらダメ、あの思想は間違いだから信じたらダメ…云々。このタブーは、退会と同時にすっぱり忘れられればいいけど、なかなかそうはいかないところがつらいところだ。だから私は、そこのところを狙って書いている。 
 
楽山は、良書をも、地獄の産物に変えると言ってよいでしょう。楽山の体質と今までのことを考えると、読むことで、良きものを与えられることなど、一度もないでしょう。資格のない楽山の書くものは、一見、まともに見えても、結局、楽山の自己正当化~自慢に過ぎないと判断しています。
 
楽山日記は、一見HSとは無関係な映画、小説、ドラマなどを多く取り上げるお気楽ブログに見えることもあるかもしれなけれども、ここで取り上げるエンタメ作品の多くは、自分が見て、味わって、HSのタブーを乗り越えるのに役立ったもの、または役立つと見込まれるものだ。
 
そうして、楽山は、自分だけ大事の、超常と心霊好きの、減らず口を叩くだけの、いい加減で、無反省と無責任の、人間世界に有害なだけの、外道となっています。ここにきて、自慢を言ってくるとは、驚いた。どういう精神と体質を持つと、こうなるのだろう。
 
思想、宗教がらみの話題であれば、その傾向はさらに強まる。だから楽山日記で取り上げた作品をなぞっていけば、自然とHS教義を相対化、無効化して、マイコン解除に至るようになってる。誰もがそうなるかは断言できぬが、少なくとも私はそうだったし、私と似た個性、状況にある人もたぶんそうなるだろう。
 
楽山の言うことは、総て無視してください。百害あって一利なしとはこのことです。楽山は、誰の言うことも無視して、勝手なことばかり書く人だからです。今回、本性全開です。ごまかせなくなっているからでしょう。
 
楽山に従えば、言い知れぬ疲労を与えられ、楽山と同じような鈍麻した人格になり、さらには、楽山のような詐欺師人格に堕ちる可能性が大です。言い知れぬ疲労までは、私が、継続的に、味わっています。
 
次に、もう少し具体的な話をすると、HSの根幹には、大川隆法に対する信仰がある。大川隆法は人にはできないことができるから、人を超えた存在であり、仏陀であり、大救世主である、したがって、一般信者には、人を超えた大川隆法の心を理解できるわけもなく、ただひたすらに信じてついてゆかねばならぬということになっている。ざっくり言えば、超人信仰、奇跡信仰、グルイズムという信仰スタイルだ。それだから遠藤周作のイエスは無力でみじめな存在だったという考え方は、HSの信仰観とは相容れぬものであり、否定される。
 
HSがどうなのか、私は、情報不十分です。それよりも、楽山が、驚くべき悪質であるため、全精力を費やすことになっています。
 
楽山には、カルト信者のような、だまされやすい素直ささえも持っておらず、持っているのは、あざ笑い怒るだけの感情しか持っていない下種な詐欺師の根性だけなのです。実に、楽山から出てくるのは、悪臭だけです。
 
でも遠藤周作の「イエスの生涯」などを読めば、氏は奇跡を信じない現代人でも、イエスを神と信じることができる道を示しているのが分かる。イエスは奇跡は起こせず、無力だった、病者と交われば病気をうつされ死ぬかもしれなかった、被差別者と交われば自身も差別されるかもしれなかった、しかしそれでも彼らに寄り添わないではいられなかった、そうまでして寄り添った彼らに裏切られても、恨み言一つ言わなかった、これこそが愛ではなかろうか、神は愛であるとすれば、そこに神がおられたということではないかと。
 
真に受けないでください、楽山は、遠藤周作を悪用して、キリストが「奇跡は起こせず、無力」な人に過ぎなかったと、おとしめてるのが目的です。
 
遠藤周作氏については、晩年、教会の信仰に近づいていったという話もあるようです。それに、キリストが人であっても神であっても、ふつうの人では決してできない心の癒しを、見捨てられていたような心貧しい人々に与えました。
 
楽山は、そういうことを全く感じることが出来ないのです。恐らく、聖書など、ろくに読んでいないと思いますし、何度も書いたけど、楽山が読書しても、字面だけ都合の良い文言を漁(あさ)っているだけなのです。だから、楽山が、"読んだ" という言葉を信用しないでください。
 
こんなふうに遠藤周作の考え方は、イエスは奇跡をおこない、権威ある者として説法できたから神だというのでなく、より弱く、みじめで、非力で、無力であればあるほどに、身を捨てて隣人を愛し続けた精神性の尊さは増し、それゆえにイエスは神としか考えられないという信仰になっていて、超人信仰、奇跡信仰、グルイズムなどを克服しており、大川隆法崇拝という偶像崇拝から脱却するきっかけになりえる思想になっている。
 
分かるでしょう。キリストを、みじめだと言っています。上のほうで、「イエスを神と信じることができる道を示している」などというのは、全くの嘘で、騙し文句なのです。キリスト者である遠藤周作氏を、反キリストの餌に貶めているのです。ゆるせない、赦せない、許せない、と思います。
 
キリストについて、私の思いは、キリストは人の肉体を持っていたことは確かだが、奇跡を起こしたかどうかの問題は、物や肉体の奇跡については保留してよいと思います。それよりも、心(あるいは魂)の奇跡によって、人々を救っていたことを重視しています。
 
保留する心は、今は分からないと正直に告白する勇気であり、また、解放であります。楽山やシャロームなどが、嘘はついても、決して真実には持ち得ない信仰者の誠実であります。
 
人の悲しみに共感し、自ら悲しみ苦しみながら、十字架についたイエス・キリストを、みじめと言い、無力と決めつける楽山は、紛れもなく、悪意だけの反キリストなのです。相手にすると、人格を破壊され、滅ぼされるでしょう。今回、楽山の嘘と暴言によって、決定的に、その思いを強くしました。
 
楽山、シャロームなど、自己愛性の個人カルトであっても、つかまったら、人生が終わります。今回の記事と批判において、本当に、真面目に、そう周知されるべきだと実感しました。
 
(2の4につづく)
 
 
おとしめ

おとしめ
 
 
(2020年11月30日)
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
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