楽山の醜聞
 
 及川幸久氏の周辺が騒がしいのだが…
 2021年04月10日 
 幸福の科学とは何だろう?ブログ(楽山)
 
 
醜聞を漁っている楽山が、いちばんの醜聞です。
 
*炎上?
 ツイッターを見たら、及川幸久氏の話で埋まっていたので、本人のツイートを確認してみた。どうやら何かあったらしい。 
(ツイッターのリンク省略)
*相手方の証言
 及川幸久氏が謝罪したという改憲氏は、このように語っている。 
・【百田尚樹|闇のクマさん】及川幸久さんについて話します - 改憲君主党チャンネル 20210409
・百田尚樹チャンネルで及川幸久さんにした質問について説明します など - 改憲君主党チャンネル 20210406
(動画など省略。)
 
楽山という病質者は、あちこちに書き込んで、無礼を振りまいているようです。
 
*そういうことか
有料動画の内容をほいほい明かすことはできないだろうから、遠回しな言い方しかできないのはやむを得まいが、改憲氏の「及川幸久さんについて話します」のおかげで、おおよその事情は把握できてよかった。
当事者の間ではすでに決着し、和解が成立しているなら、外野がどうこういっても仕方なかろうが、動画のコメントやツイートをみる限りにおいては、今度のことは多くの人々にとって幸福の科学と及川氏についてよく知るよい機会になったようだ。
それはそうと、宏洋氏はこの件を取り上げるかな。すでにアップはじめてる予感。
 
ゴシップを楽しむ筆致です。宗教を語る筆致ではありません。
 
*笑ってはいけない?
蛇足ながら、自分はHS会員だったころ、友人に信仰告白して「おまえ、バカじゃねーか!?」と言われたことがあったが別に怒りはしなかった。大川隆法は仏陀で、霊言は真実だと信じるというのは、傍から見たらそのように見えるだろうことは承知していたので、そういうのも当然だろうなと思ったくらいだ。
 
こういうことを言って、白々しく器の大きさをアピールしながら、心の底の暗闇で、怨念を燃やしているのが、楽山という病質者です。いずれ黒焦げになるでしょう。
 
自分はこんな風なので、幸福の科学の話を聞いて、おもわず吹き出す人がいたとしても致し方なかろうと思う。礼儀としてはそんなことはしてはいけないのは当然ではある。でも大川隆法の霊言をみても笑うなというのは無理な話ではなかろうか。大川隆法がエル・カンターレという神だといわれて、真顔を保てというのも無理ではなかろうか。信者だって、大方の人は、自分たちの信じていることは荒唐無稽であって、笑う人がいても責めることはできないと分かっているのではないかな。
 
楽山の「こんな風」は、楽山としては、優しく、器が大きく、柔和で、のんびりしている、とでも言いたいのでしょうか。
 
実際の楽山の「こんな風」は、丁寧語は芝居であり、実際は、冷たく、心の器は皆無であり、訂正不能に凝り固まり、いつも悪意で企んでいて、反省せず、責任を負わず、何も理解できず、曲解しており、思いやりがなく、罪悪感がなく、自己満悦だけを求めており、理路と情感は壊れていて、人の言うことを何も聞いたふりだけして理解できない病質者、そして、偽善者です。だから、教える態度で自己主張だけを執拗に続けます。
 
人の信仰を笑ってはいけないというのはその通りだ。でも何事にも例外があるように、それを求めるのは無理な場合もある。例えばこの大川隆法が、天上界からイエスを指導し、我が父と呼ばれた方であるといわれたときに、笑いを噛み殺しきれない人がいたとして、どうしてそれを責めることができようか。
 
にこやかに笑うことのできない楽山は、他者の醜態が大好きで、あざ笑いと高笑いを用意して、いつも、笑いたくて、待っているのです。一方、真剣味は、どこにもありません。
 
(大川隆法 天使コスプレ画像省略)
言い難いことだけど、職員や信者は人の信仰を笑うなというより先に、まずは大川隆法に対して、仏陀は仏陀らしくあってください、もの笑いの種になるようなことはおやめくださいと諫言する方が先ではないかと思う。
 
得意気に教えることだけをしたい楽山は、誰が何を言っても、いかなる忠告にも、耳を貸さず、自らを省みることなく、また、だらだらと、誰のためにもならないようなことを、意地悪なほくそ笑みとともに、うれしそうに言ってくるでしょう。
 
楽山の言は、反省と学習を伴わないため、共感も進歩もなく、面白がるだけの、デマ宣伝です。だから、責任を負えないのです。努力もしないので、書くたびに、全否定されるべき悪口となる宿命です。
 
楽山は、壊れて火事の原因になるだけの家電であり、うごくと、うろつくの、区別の出来ない徘徊であり、安酒のアルコールのように言うそばから揮発してゆく脳天であり、言っても、聞いても、何も残らず、スケールのない無限ループなのです。
 
 
とても醜いお人柄

とてもみにくいおひとがら
 
 
(2021年04月12日)
 
 
 楽山に筆致の似たツイッター
 
raku
@rakusyo34
思ったことだけど、世間に出版されている成功法則は、あくまでも
その人に合ったもので、普遍的じゃない。
やはり、自分なりに、トライ&エラーでオリジナルを見出していかないとうまくいかないと感じた。
自分に自信がつけば、詐欺や嘘情報に惑わされないかなぁと思った。
 
楽山は、成功したくてたまらないようですが、普通のことが守れない人で、自分に自信というより慢心~傲慢で、詐欺的な丁寧語で、だましたり、平気で嘘を吐いたりして、それがうまくゆくと、成功しているかのような満悦気分になる人です。
 
スケールが小さいというより、スケールがないようで、分別もないようで、いかなる経験も、楽山には、肥やしになっていないようです。なのに、物知り顔の学者気取りで、上から目線で、教えたがるので、とても迷惑です。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·22時間
それから幸福の科学では、宗教を信じない人は、低くみられる。信仰のない人は、人間未満の獣だと言われることもある。
大川隆法を仏陀だと信じれない人は、下根だと見下されたりもする。
関わらせないというのは、下根には関わらせない、そんな者には邪魔させないぞという意味合いかもしれませんね。
午後10:15 · 2021年4月10日·Twitter Web App
 
楽山について、「人類未満の獣」、つまり、人間とは思えないのは、無反省、無責任、無理解、無神経で、人を人とも思わない、という根拠があっての判断です。信仰の有無ではありません。つまり、楽山は、ふつうの正常な人ではないということです。
 
楽山は、あらゆる不都合を、自分にだけは当てはめない自己愛性人格障害の病質者です。楽山は、邪魔させないぞ、ではなく、何を言われても不感不応、という、人間離れ技を、日常的に平気でやってのけます。批判目的以外では、決して、関わらないでください。
 
 
(2021年04月12日、同日一部修正)
 
 
 宗教を信じたくとも信じられない人
 (『ジョイランド』スティーヴン・キング著)
 2021年04月11日 楽山日記(LD)
 
 
牙を剥き出しにしてきた楽山は、キリスト教否定において、ますます凶暴です。
 
*棄教者の心情
『ジョイランド』については、以前、記事にしたことがあるのだが、先日再読したら、次の台詞が心にしみた。
少女のころは、それを一所懸命信じようとしたけどできなかった。神様と天国は、歯に住んでいる妖精より四年は長持ちしたけど、やっぱりうまくはいかなかった。
(『ジョイランド』スティーヴン・キング著、土屋晃訳、文藝春秋(文春文庫)、2016年、p.314)
 」
これは有名な伝道師である実父から離反した娘の告白であるが、信仰は本人の意志のみによっては保つことはできないということがよく分かる言葉である。
 
楽山は、悪い例、間違っている例を、これがキリスト教だよ・・という書き方で、キリスト教は悪いという印象を吹き込んでいます。前から言っていることですが、個別の例によって、全体、特に、その神髄を語ることは出来ません。悪魔性全開の詭弁と印象操作です。
 
楽山の悪意が「よく分かる」記事です。
 
信仰とは人の自由にはならず、いってみれば本人以外の何か…環境、遺伝、自然、運命などによってもたらされ、また奪われるものなのだろう。
 
露骨に反キリストぶりをあらわにしている楽山です。「信仰とは人の自由にはならず」・・先入観を与えようとするところの、いわゆる、イチャモンです。信仰は、本人の自由意志によって、告白されるものです。
 
そうでないのは、間違った例なのです。その悪いほうの例を挙げて、キリスト教全体を否定したいという楽山の企みの詭弁であります。掘り起こされる根腐れが、根を剥き出しにしています。
 
こうしてみると、宗教に関しては、自身の努力によって達成できることは想像以上に少ないのであろうし、信仰も棄教も神の御業によるとする考え方が生まれた理由も分かる。
 
神の御業など、楽山は、信じていませんし、分かってもいません。「理由も分かる」は、大嘘です。
 
信仰は、自身の求道と、目に見えない神の導きによって成り立ちます。
 
そのことを、自身の努力では達成できない → 自力ではない → 宗教には自由がない、という詭弁の印象操作の誘導によって、ねじ曲げている楽山の悪意は、身の毛のよだつものがあります。楽山は、今に至るまで、求道どころか、いかなる努力も学習もしない人だということが明らかになっています。
 
ちなみに、本作『ジョイランド』は、年取った男が遠く過ぎ去った青年期の失恋、仕事、友人、初めての経験、殺人事件の調査、犯人との遭遇などを語るといったミステリー・ホラー風味の青春小説である。
 
ミステリー・ホラーの青春小説で、宗教、特に、キリスト教を、露骨に、侮辱する楽山です。楽山は、自我・我欲・我執という偶像崇拝によって、他者の批判・反論を、聞くことが出来ないのです。
 
ここまでの "アンチ良心" を見たことがありません。聖書では、偶像崇拝を、姦淫という言葉で表すことがあります。偶像が自分である自己愛性人格障害の楽山の、無分別と一方的な執念深さは、強姦魔に匹敵するものです。
 
自己愛性人格障害者は、いわゆる "話にならない人" や "嫌な奴" の筆頭あるいは典型として、人や社会に、様々な言動で、迷惑または害を及ぼします。興奮やパニックによって、犯罪に向かう危険性もあります。どうか、相手にしないでください。
 
 
(2021年04月12日、同日一部修正)
 
 
(古い記事は載っていません)
 
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
ツイッター:
(ここは、たまにブログ記事をリンクする程度)
 
 
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