ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

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   2019年07月24日
    楽山のブログ記事
    さらにコメントがあったので考えてみます。
 
 
昨日の記事を書いて、ライブドアのほうの楽山の記事を見ていたら、コメントが2つ付いていました。当時、楽山を心配する人が、どう思っているかが、表れています。そして、楽山は、また、レス2つとも、言い逃れだけを書いて、応じる気はない様子です。
 
 
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53
誰だって失敗し 誰だって間違って
謝って恥晒し 生きてくのだから
間違ったら 誤ったら 素直に詫びて
自分 正さなくちゃいけない
 
それが出来て 初めて人間だと
それ出来ないなら 人ではないと
 
いくら一番偉い神様 エルカンターレと信じ込ませても
いくら根本仏だ 開闢神だと 思い込ませても
 
間違ったら 謝るのが 人間だと
過ったなら 詫びるのが 人だと
 
僕は思うんだ 凄く思うんだ
ホント思うんだ 心から思うんだ
 
嘘ばかり 重ねる君よ
保身だけの 卑怯者の君よ
そんな君は 魅力の欠片もないのに
侍るズベ公は みんな
金だけが狙いの 貉だけ 
 
誰だってミスを犯し 誰だって勘違いして
誰だって泣かし 泣かされ生きてくのだから
失敗した君は 大きな過ちを犯した君は
最大限の償いと 最大限の反省と共に
開いた出店を 畳むしかないんだよ
 
人間で在り続けるのなら
人で在り続けるのなら
 
 」
 
楽山は「隆」という名前なのでしょうか。「人ではない」「嘘ばかり」「保身だけ」「卑怯者」「魅力の欠片もない」「最大限の反省」「償い」「反省」「出店を 畳むしかない」「人間で在り続けるのなら」など、かなり、厳しく忠告しています。
 
私が書いてきたのと、似たような言葉が並んでいますが、他人の私からの批判よりも、熱心さが目立ちます。親族か、友人など、親しい人ではないかと思われます。楽山とともに、資料となります。こういうアドバイスにもかかわらず、楽山は、自己中を続けているということです。
 
 
 
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、
これを実践するのは難しいんだよなあ。
恥ずかしながら、自分もそんな風です。
これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
  」
  
「自分も」、ではなく、自分は、・・でしょう。「反省、謝罪」を勧められて、「難しい」と言っています。しかも、自分の非を認めるのではなく、「一種の、人間の性なんでしょうかね」と、人間一般のことのように、すり替えています。
 
自分に非があることを自覚できず、自分の問題として考えることが出来ないのです。これは、詭弁です。そして、この詭弁は、自己愛性パーソナリティ障害NPDの無反省と無責任として、楽山の今につながっているのです。
  
  
 
3. うさぎ 2019年07月30日 21:04
 
自由さん
私もです☆
 
人間だもの
完璧じゃない
失敗だって
間違ったりもする
だから人も赦すことができる
誰かが間違っても誠実にやり直そうとする人を
何度だって許しますお互い様だもの。。。
足りない分は補い合って助け合って行けたらいいな
失敗も次に繋げ続ければ失敗じゃない
いつでもいつからでも七転び八起きです☆
 
自由さんの柔らかい心が好きです。。。
  
 」
 
やさしい忠告です。楽山は、こういう忠告を無視して、七転びし、一度も起きていないのです。つまり、この2年余りの言から、楽山には、装う詭弁と芝居だけで、柔らかい心は、ありません。楽山に、だまされて続けている人でなければよいのですが・・。
 
良心と良識と常識で考えれば、楽山のしていることは、とんでもないことです。表面的な、優しい言葉や芝居や気取りに、つられていると、楽山に、同情し、ファンになることも、あり得ることでしょう。それが、ますます、楽山の傷を、そして、被害者の傷を、深めてゆきます。
 
 
 
4. 楽山(自由) 2019年08月01日 04:46
うさぎさん、ありがとうございます!
間違ったら反省すること、
人をゆるすこと、
うさぎさんは、わたしより、ずっとできてると思います。
足りないところは補い合って…というのは、本当にいいなあと思います。
これは、うさぎさんの記事を読んだ時も思ったけど、すごく心にしみる言葉ですね。
  
  」
  
楽山は、自分がどうするということは書かずに、反省と、ゆるすことについて、相手の人を褒める言葉ばかりです。「わたしより、ずっとできてる」「すごく心にしみる」と書いて、自分から問題を逸らして、うそぶいています。
 
この楽山の記事とコメントは、HS信者だった頃なのでしょうか。そうだとしても、楽山は、次には、アンチ気取りとして、やはり、嘘と詭弁で、自他を、欺き続けているのです。問題は、何一つ、解決していないし、解決の方向にも向いていないことが、よく分かります。
 
楽山、こも楽山、だけでなく、shalom、易坊、raku、taka、なども、楽山の成りすましではないかと疑っています。もっとあるかもしれません。底知れぬ闇を思わせる楽山です。
 
 
すでに見抜かれていること

すでに見抜かれていること
 
 
(2021年08月01日)
 
 
 
  冷たい風
 
冷たい風
動かぬ山
火の国の 火の山
ときに山肌の色を変えて
煙と雲の向こうに
命を生む太陽
命を奪う太陽
 
冷たい風
動かぬビル
人の国の 人の山
ときに人々の顔色を変えて
雑踏と騒音の向こうに
命を生むシステム
命を奪うシステム
 
冷たい風
ふらつく私
私の国の ウソの山
ときに人々の顔色におびえて
心と体の中に
明日を生む命
明日を奪う命
 
 
  阿蘇
 
遠く巨大な連山を前に
近くの野原で
小さく うずくまる影は
空の まぶしく
しみるような青さに
ますます小さい命を
誰に見せることもなく
緑の中に いだかれながら
秘密のように お伽話も
音も届かないところで
舞う草と風に吹かれている
 
 
( 2010年09月30日
作成は、90年代かもしれません。)
 
 
 
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  嘘と偽善の虚無(4)2
 
   嘘と偽善の虚無(3)コメント欄
   シャローム(shalom、シャロム、あなた、彼)
   過去記事+です。
 
 
私に対して、ありがとうございました、から、ゴミに埋もれた、まで、僅か一日で豹変するシャロームですが、慣れています。シャロームは、断末魔なのですから。
 
1. shalomです。おはようございます
 2019年12月05日 10:38
「だから、これは、死より三日後、つまり、二千年前のことです。このような蘇りを含めた肉体の奇跡が、現代において、少なくとも、めったに起こらない現実を考えれば、肉体の復活にこだわって、シャロームのような妄想信条に陥ることのほうが、はるかに信仰にとって有害であることは、火を見るより明らかです。」
 」
パウロは生前のイエスさまを知りません。
しかし、自分自身でよみがえられたイエス・キリストと出会ってのち、パウロは自分はパリサイ人としてすでに聖書を知っていたと思っていた旧約聖書を繰り返し、読み直し、精読し、そのイエスさまが旧約聖書で預言者たちによって、また自分が迫害しているまた弟子たちによって、神がイスラエルの民に約束された、すべての人の罪とその支配、呪いからの救い主であることを確認、確証したのです。あなたは読書障害のために、碌に聖書を読んでおられないでしょう。
 
聖書から、何一つ良いものを受け取っていないのは、楽山やシャロームなどの易坊類です。
 
前のコメントで、ありがとう、と言って、今回は、ろくに聖書を読んでいないと罵る、これが、シャロームの常道です。人格が壊れているために、統合も一貫性もなく、何も覚えておらず、初めてのように、けなし始めました。廃人コースを行くシャローム。
 
パウロは、読み直し、精読し、・・は、したでしょう。そして、キリスト教の教理のベースを整えたのでしょう。それを、踏みにじっているのが、あなたシャロームです。
 
罪の支配、呪い、キリストの確認・確証よりも、嘘のほうに確定的に染まったのが、あなたシャロームです。おとしめて、罵って、一方では、豪語する、その醜さを、未だに悟らないとは、みじめです。
 
>wikiで拾い読みはしておられるでしょう。
 
私については、新約聖書は、通読したことがあると、前に書きましたが、そもそも、読書量で、信仰は語れないと、よく分かるのが、聖句や使徒信条など引用して、豪語しながら、180度間違っているあなたシャロームです。
 
恐ろしいほどの無知と無恥で、恐ろしいほどのバタ狂いの大仰な言葉、滑稽です。やはり、あなたは、ゾンビになってゆくのでしょう。恐ろしいことです。神に背く罪だけではなく、神に背いておきながら悔い改めず、意地と執念だけが残るヒト型動物の末路は。
 
イエス・キリストは時間と空間を超えた私たちすべての人の救いを十字架の死とよみがえりによって成就し、その証言者、助け主として聖霊を注ぎ、弟子たちから始まり、2000年前も現在も証ししておられるのです。イエスさまのよみがえりを信じないと拒んでいたトマスもよみがえられたイエスさまと再会した時、わが主、わが神よと信仰を告白しているのです。
 
きれいごとを、あなたが、いくら言っても、もはや通用しません。豪語、豪語、讃美、讃美であなたに騙されていた昔は、過ぎ去っています。あなたは、今、偶像よりも、命がないのです。だから、あなたシャロームは、もはや、命があるかのように豪語して、墓穴を掘って、墓石を削ってゆくしかないのです。
 
あなたシャロームは、キリストの存在の欠片も証しできないで、妄想の中の偶像にしがみつき、今、盛んに唾を飛ばして命のない讃美言葉を吐いているのです。時間と空間を超えた、二千年前も現在も証ししているキリストが、惜しみなく、悔い改めの恵みを与えてくださるのに、どうして、あなたには、墓穴でしかない妄想となるのでしょう。どうして石投げに過ぎないような讃美の豪語しか出来なくなったのでしょう。
 
2. shalomです。おはようございます
 2019年12月05日 10:40
イエス・キリストのからだの蘇りはイエスキリストの十字架の死が、その流された罪なき神の御子イエスの血が私たちの罪のあがないのためであり、その成就であることを神が証ししてくださった証印なのです。ですから、人間の知性や、理性や経験ではわからないことであっても、神の確かな証印、御業なのです。
 
信仰は、人間を人間らしくしてくれます。なのに、どうして、あなたシャロームは、どんどん、妄想狂となり、心に響く言葉の欠片も表せなくなり、神についても、認め印を求めるが、愛と寛容を知らず、人間性の良心からも、理性と経験からも、どんどん、離れて、泡吹く偶像のひび割れの醜い地獄だけを悪臭とともに表すようになったのでしょう。認め印を信じて、浮かれ騒ぎ、心をないがしろにしてきた報いなのです。流涎気泡だらけの讃美、それがあなたシャロームです。
 
だれでも聖霊によらなければイエスを主と告白することができないと使徒パウロは書いています。
 
その聖霊を、有無を言わさぬ魔法のようにしか考えず、そう決めつけて、キリストを主と告白したつもりで、実際は、信仰に大切な悔い改めを否定して、罪をも認めずに、使徒パウロを引用しても、総て、あなたシャロームの裏切りを想起かつ確定させるものにしかなっていないのは、あなたシャロームが悪霊信仰に堕ちている現れなのです。
 
助け主であられる聖霊の注ぎはバプテスマのヨハネや生前のイエスさまが繰り返し弟子たちに約束しておられたことであり、よみがえられたイエスさまが弟子たちに約束されたことでもあり、エレミヤ、エゼキエル、またヨエルやゼカリヤなどの預言者も予言していたことでもあります。
 
大仰に聖書の預言者の名前を並べても、それしか出来ないシャロームの、行き詰まりの背教を浮き彫りにするだけなのですが、それをも、悟らないのは、大事な信仰の絆のようなものが、人間にはあって、信仰者には確かにあって、あなたシャロームには全くないからでしょう。
 
あなたは全聖書を一度読んだと言っておられますが、たとえ、読まれたとしても、まったくあなたの信仰の土台となっていないことは明らかです。それはあなたの人としての正直さ?を土台とした自分という人間信仰でしかないのです。
 
信仰は、人間としての正直さを土台としていないというのでしょうか。シャロームのように人間としての嘘つきが救われた話があったでしょうか。罪を認めず悔い改めもしない者が救われたでしょうか。
 
信仰は、人間信仰ではなく、ましてや、自分信仰ではなく、正直を土台としなければ、神への信仰は成り立ちはしないのです。
 
あなたシャロームは、神の前に、嘘を吐いて、救われるとでも思っているのでしょうか。
 
全聖書は読んでいません。私が書いたのは、新約聖書を通読したということだけです。旧約は、ソロモンあたりで、ダニエル書あたりで、止まっています。責める材料にしますか。もう、既に、とんでもなく、外れたことを言いまくっている自覚のないシャロームですが。
 
神の前の正直さを失って、どうして、神が人を救うというのでしょう。神は騙され屋のマゾヒストではありませんよ。神の前の、を省略して、ごまかしている大冒涜シャローム。
 
キリストは、人間らしい弱さを自覚する人々を救いました。
 
シャロームの信仰?は、人間を無視した、人間性を欠いた、人間離れの、超常の魔術的妄想に過ぎません。
 
全聖書によって神ご自身がその言葉と御業によって証明された出来事を人としてわからないから、わからないと片付けてしまっては神のみ言葉と御業であるイエスさまを信じる信仰は成り立たないでしょう。
 
分からないものを、分かったと偽って、それが信仰だと言っているシャロームの正体が、今、シャロームの言葉によって、明らかになりました。
 
シャロームの信仰は、自分が捏造した嘘を信じ込む信仰?のようです。だから、人間らしさが、どんどん消えてゆきます。超常に成り上がる信仰?は、カルト的妄想と言うのです。
 
ですから、だれでも聖霊によらなければイエスを主と告白することは出来ないとパウロが書いているのはそのためです。
その聖霊に対する信仰もあなたにはないのですから当然の結果です。
 
聖霊?によって?嘘を吐いてきたシャロームの信仰は、隅から隅まで、けがされていて、その口から出るものは、交わる人という人の信仰をけがしてゆくのです。つまり、聖霊ではなく、悪霊ということにしかならないでしょう。
 
口から出るものが人をけがす、その通りになっています。
 
聖霊、聖霊と、あなたシャロームが言えば言うほど、悔い改めない報いとして、悪霊が、あなたの顔をして、ニヤニヤ笑わせているのです。汚す者は、教えてはならない。
 
3. shalomです。おはようございます
 2019年12月05日 10:41
パウロはイエス・キリストを救い主と信じる人々の群れである教会を迫害していましたが、よみがえられたイエスさまから、あなたが迫害しているのは私(イエス)であると言われています。
教会は決して昔も現在も宗教組織、制度を意味してはいませんが、
聖霊によってイエスは主であるという信仰告白を共有している交わり、群なのです。その交わりを否定することはかつての迫害者サウロ(使徒パウロの旧名)の姿ということです。
しかし、その迫害者サウロを使徒パウロと新たにされたのは生けるよみがえられたイエス・キリストの恵みの御業です。
 
私は、教会を否定してはいませんが、また、いつもの嘘による悪い印象操作ですか。
 
あなたシャロームは、人のことを、とやかく、言っているときではないのです。あなたシャロームの安穏の風呂釜は割れて、讃美言葉は酸味に溢れ、聖書の中の名前を、あなたシャロームが口にするたびに、イエスが主である信仰告白を、罪を認めず悔い改めないシャロームが、いかに裏切ってきたか、裏切っているか、裏切り続けているか、何度も何度も、語られることになるでしょう。
 
かつての迫害者サウロ(使徒パウロの旧名)は、悔い改めて、使徒パウロになりましたが、かつても今も迫害者シャロームは、悔い改めず、今も、迫害者シャロームのまま、大きなことを口でだけ、言葉だけ、おめいているのです。
 
イエスさまが死人の中からよみがえられ、注がれた聖霊の助け、導きによらなければ、誰もイエスは主であるとの信仰を告白することは出来ないのです。これが神による魂の奇跡なのです。
あなたはこの奇跡を体験し、その信仰によって生かされていますか?
 
聖霊に助けられている者が、嘘を吐き、罪を認めないでいられるような、キリスト信仰は、存在しません。
 
あなたシャロームに言われて、私が信仰告白する必要を、微塵も感じていません。そういうことは、前から言ってきたのに、今も問い詰めようとするシャロームの獣性と鈍麻性が怖い。
 
神の国は言葉にあらず力である、とも使徒パウロは書いていますが、
st5402さんあなたはあふれるばかりの魂の奇跡を体験し、言葉だけではない神の国を知っておられますか。
 
言葉だけではない神の国と信仰をどう考えるかを書いてきたのですが、それを、言葉だけのシャロームに問い詰められるとは、いかに、シャロームに、魂の奇跡が起こっていないかが表れているのです。
 
もし、そうであれば、お兄さんにもお母さんにも、あなたのあふれるばかりの魂の奇跡の一端を証ししてください。
 
困ると個人情報を出してきて、半ば脅すシャロームの常道ですが、あふれるばかりの、これが当てつけであることは、あなたシャロームの文章をいっぱい見てきましたから、気づきます。
 
そして、言います。余計なお世話です。素っ裸の王様、悪霊と偶像の泡吹き法師、そして、聖霊と神とキリストの前の、嘘吐きの、テキ屋教祖シャローム。
 
お母さんを迎えるためにも、そろそろ片付けが必要ではありませんか?
人間の手作りのゴミに埋もれたままこの年の歩みも終わられますか?
yahooブログとのお別れはあと10日ですね。
よみがえられたイエスさまと出会い、迫害者サウロは、見よ、古いものは過ぎ去った、すべてが新しくなったのであると使徒パウロと変えられ書いています。それはパウロにとってパソコンはありませんでしたが、仮想現実、バーチャル・リアリティではありませんでした。
その言葉はあなたの魂の奇跡にも当てはまりますか?
 
いつも、褒め言葉と、余計なお世話で、ごまかすシャロームです。
 
神の手作りのものを、裏切り続けてゴミに埋もれた言葉も、画一的な聖書語と丁寧語とうわごとになっているシャロームです。
 
古いものは、使えないなら、過ぎ去るでしょう。邪悪なものは、神の手で裁かれる前に、自ら、消え失せるでしょう。あなたシャロームは、あなたシャロームの妄想とともに。
 
シャロームが、ネットというバーチャルな世界を悪用して書いているのは、嘘と妄想ばかりで、現実の問題について、何の解決にもならず、何の癒しにも救いにもならないことです。シャロームが書かなくなったら、どんなにか、危険が減ることでしょう。
 
人それぞれではありますが、その奇跡、変心、変身は
あなたにも与えられる神の恵みです。
ハレルヤ!
shalom!
 
説明もせず、変心、変身が、神の恵みなのだそうです。何も受け取っていないから、褒めればいいという白々しい嘘の讃美言葉になります。
 
この白々しい讃美言葉を、聞かされるようになってから、十数年、批判し始めてから、約10年、何も変わっていない、何も進歩が無い、何も知恵がない、何も悔い改めていないシャローム、臭みが増し、暗黒が増し、嘘が積み重ねられ、偽善がくるくる回り、讃美言葉が空回り、胃液が巡り、反吐が迸り、血が滞り、同語反復と常同行為と無節操排泄だけとなったシャローム、どこまでも地獄しか表せないPVであります。
 
 
へんしつ

変質
 
 
(2019年12月15日)
(2021年01月05日、加筆して再録、さらに加筆)
 
 
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