ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

タグ:ツイッター

 
  楽山ツイッター(3)2
 
 
2021年の楽山の、無理解からの、努力ではなく、使命でもなく、務めでもなく、真面目でもなく、ふざけ半分の、趣味のような、憂さ晴らしのツイッターです。生きる楽しみが、意地の悪い趣味以外にないのだろうかと思います。
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·6時間
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」の影響が垣間見えますな。
つーか、詩人、作家であれば、「限りなく透明」という表現は避けそうなもんだけどね。
午後8:15 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」は、読んだことがあります。楽山は、この題名の「透明」の意味を分かっているのでしょうか。「透明」は、存在しないかのように、無視される、「ブルー」は、悲しみでしょう。
 
楽山は、「透明」を、まさか、透き通って美しい・・みたいな意味に捉えているのでしょうか。それで、「詩人、作家であれば」「避けそうなもんだ」、と言っているのなら、楽山の読解力は、ひどいものです。ひょっとして、読んでいないのではないかとさえ思います。
 
読んでいないのなら、上のような悪口は、それこそ、何の根拠もないことになり、村上龍をネタにしているだけだから、相手を選ばずに論(あげつら)う酷い侮辱です。楽山は、存在感もなく透き通って、人をブルーにする透明人間なのでしょうか。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·6時間
「自分の意思で信じています」と、わざわざ強調してあるところが、
二世、三世信者の現状を如実に表してるなあ…。
午後8:04 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
楽山に、宗教批判をする資格はありません。この3年余り見てきましたが、楽山の書く文章には、まともな根拠が、まるで示されていないからです。書いてきたのは、揶揄、嫌がらせ、いちゃもんだけです。なぜそうなるかと言えば、楽山が、無反省・無神経・無責任・無理解、そして鈍感だからです。
 
楽山の言うことだけは、どうか、信用しないでください。楽山は、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)から、ゴシップ好みで、笑って茶化しているに過ぎません。受け取っても、何の助けにも参考にもなりません。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·14時間
前半の話は聞いたことあるけど、後半の話は初めて聞きました。なるほど。
喜べる人はより喜べるようになり、嫉妬深い人はより嫉妬深くなり惨めになるというのは、恐ろしいけど、真実なんだろうな。
引用ツイート
Testosterone
@badassceo
 · 15時間
友人や知人の成功を一緒に喜んであげられる人になろう。それができれば友人や知人の数だけ喜べる数も増え、友人や知人に良いことがあるたびに自分も幸せになれる。逆に、それができない人は友人や知人の数だけ嫉妬の数も増え、友人や知人に良いことがあるたびに惨めな気持ちになる。この差は超デカい。
 」
午後0:04 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
楽山は、二進法のような安易すぎる是非の誤判断はしても、共感性がないので、喜びと悲しみを共にすることが出来ません。ゆえに、ルサンチマン的な嫉妬からの惨めな気持ち、そして、その反発として、敵意、揶揄、無責任な否定、幼稚な動機からの笑い、といった低次元の反応しかしてこなかったのです。
 
「喜び」と「惨め」さと書いて、心に響くような説明もなしに、物差しで測るような単純な理路で、「この差は超デカい」という、表現を強めるだけの軽薄な形容で、つまり、これも、笑いのネタにしているだけなのです。
 
楽山は、人間らしく喜ぶことが出来ないので、意地悪に笑えることだけを求めています。人格も、理路も、感性も、破綻して、「恐ろしい」事態になっているのは、楽山です。真剣味がなく、他者は雑談のネタに過ぎないのでしょう。
 
刹那的な常套句の遣り取りという見せかけだけの付き合いを続けて、長く親身になって付き合うことのできない楽山からの、にじみ出てくるような敵意と怨念が筆致の裏に隠されています。恐らく、真面目に考えるということが出来ない障害なのだろうと思います。
 
楽山には、人生の目的がなく、他者について、自らの惨めさから嫉妬して、怨念のようなものがベースとなり、そこから物を言うゆえに、感受する焦点がズレて、理路が歪曲し、理解から遠のき、他者の欠点ばかりをあげつらい、揶揄して、面白がるだけになっているのでしょう。
 
(ネットより)
ルサンチマン(仏: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、主に弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことをいう。
・・・
ニーチェによれば、ルサンチマンを持つ人とは「本来の『反動』、すなわち行動によって反応することが禁じられているので、単なる想像上の復讐によってその埋め合わせをつけるような徒輩」[1]である。
 
 
心機一転★こも楽山さんがリツイート
うさ@宗教2世・非定型うつ
@merry_ura
よく奇跡の体験などで「信仰して病気が治りました!」って体験談出てくるけど
信者 かつ 病気が治った人
を切り取っているだけに見える。他にもいろんな人がいるのにね。
同じ病気の信者と未信者を集め、長期的にデータをとって「信仰すると○%治る確率が上がりました」ってしないと納得できないよ
 」
午後0:37 · 2021年4月16日·Twitter for iPhone
 
データの選択による偏りを言っているようです。信仰は、病気が治る呪(まじな)いではありません。信仰は、心の救済であって、物や肉体の奇跡のご利益ではありません。また、信仰は、データを取って有意だから信じる、などというものではありません。超常のことは、神にお任せするのが信仰です。
 
楽山は、宗教に恨みがあって、おとしめたいので、こういう見方に賛成してリツイートするわけですが、楽山自身が、霊が分かるっぽい超常の自覚から、奇跡を起こす人になりたがっているのです。結果は、人をだまして面白がる悲惨な絶望への一方通行です。
 
 
心機一転★こも楽山さんがリツイート
藤倉善郎YoshiroFujikura@やや日刊カルト新聞総裁
@SuspendedNyorai
近所の人やキリスト教界隈の人等から情報が寄せられれば教会に確認したりとかできますが、そういう取っ掛かりがないと難しいんですよねえ。あと、仮に特定できたとしても公表するかどうかは事情によります。
引用ツイート
「「
サボ
@apple200apple
 · 7時間
返信先: @SuspendedNyoraiさん
クラスター感染を引き起こした教会が一体どこなのか、取材して特定して貰えませんか? お願いします。そんじゃそこらの宗教被害やカルト宗教よりも、話題性があるかも。
https://tokai-tv.com/tokainews/article_20210416_168068
午前9:14 · 2021年4月18日·Twitter Web App
 」」
 」
 
楽山の悪趣味に合わせて、教会のクラスター感染を載せて、キリスト教を間接的におとしめている悪意が、かえって露骨になります。クラスター感染があったのなら公表し対策を講じるべきでしょう。どんなときも、決して、楽山に関わらせてはいけません。
 
また、いつもの、他者の口を使えば、自分が言ったのではないから責任がないじゃろ・・という楽山の厚顔無恥の企みです。引用した責任というのが分からない楽山です。楽山という悪性スピーカーには良心がありません。嘘と詭弁によって刷り込んで欺く者は、医学では扱えない悪性の病原です。
 
下手に楽山を参加させると、自己愛性人格障害の意地悪、無反省、無責任ぶりに、近くにいるほど、長く付き合うほど、頼りにすればするほど、忘れられないほどの消耗と疲労を味わうことになります。決して関わらないでください。
 
 
独り言の人生

独り言の人生
 
 
(2021年)
(2022年05月28日)
 
 
 
  祈り・永遠の命
 
過ごしている時間と
過ぎた時間の
長さの違いのようなものだ
 
計られ記録に残る時間と
計れず記憶に残る時間
の違いのようなものだ
 
どんなに長くても短くても
誰がそれを掴むことができようか
 
途方もなく
知らない部分が多すぎて
大方は知らない時を過ごしている
 
長さでは計れない時に在って
私の時を御手に委ねます
と祈りながら耐えられず
さらに心のうちに呼ばわる
 
主よ、私ではなく、あなたが
永遠と名付けられたものを賜るなら
一生は一瞬でよいのです
 
 
  捨てる
 
破り捨てることは
いつでもできる
書くことはいつでもできる
わけではない
 
捨てることはいつでもできる
君の中の僕の記憶のように
何てやすやすと
僕はまだ生きているのに
 
書いたもの全部
引きずって
何て重たいと
つぶやいたのは
書かれたものたち
 
もう放しても
いいよ
 
 
  悲しい顔の先
 
生きている間に見るがいい
紛れもなく有機物である人間の顔
そこから目をくりぬき舌を抜き
耳と鼻をそぎ落としたとして
いくつかの穴だけを伴った
首の上に乗っているのっぺらぼう
 
どれが涙でどれが血かわからなくても
凄惨な穴と穴の
位置と形態のあり様は
やはり人間の顔の迫真であるはずだ
 
生きている間に見るがいい
やがて失われていく水分のために
無数のしわが隠していくもの
頭皮を剥ぎ皮膚と筋肉をそぎ落とし
さらに乾燥して光沢さえ見せるされこうべは
不気味に笑っているかのようで
そういった悲しみの成れの果てに
下顎が落ちて
転がった先を無機質という
 
生きている間に見るがいい
土と石の中から無機質のかけらを
拾っては丁寧に泥を取り去り
集めては手に取って眺め
つぶやくように
「下顎骨・・・」と
深く静かに息をつかせるもの
見られている先を人間という
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら誤ったら素直に詫びて自分正さなくちゃいけない」「それが出来て初めて人間だと それ出来ないなら人ではないと」
「嘘ばかり重ねる君よ 保身だけの卑怯者の君よ そんな君は魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと最大限の反省と共に 開いた出店を畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
 」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
 
世辞と芝居と嘘と詭弁で出来た人生は、朽ちてゆくガイコツのようなものです。「だよなあ」「恥ずかしながら」と書いても、実感などは無くて、しらばくれる卑怯さが、一種異様な臭みをもって、鼻を突き、目を乾かし、口を歪ませているだけなのです。実りなき偽りの人生です。
 
 
 
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  楽山の根腐れ
 
 ほんと、ワガママな人だなあ。(st氏のツイッター)
 2022年03月12日 幸福の科学とは何だろう?ブログ by 楽山
  抜粋して批判します。
 
 
「だなあ」で済むような問題ではないのです。語尾だけ、おどけています。本文は、殆ど、自己正当化と他罰精神に満ちています。表面だけ、柔らかく見せたつもりでも、楽山は、かかえた闇の最悪の単方向の自我を曝しています。既に、そういう人だと承知しています。
 
楽山は、また、ツイッターをコピペして、自分に有利な文脈を捏造しています。このような卑怯な細工が、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)の楽山の生業(なりわい)であり、楽山は、そういう作為の故意の悪意に生きているということです。今日も、厚顔無恥が全開です。
 
恐らく、断片的な意見であるツイートの中から、自分に都合のよいものを載せて、刷り込んでいると思います。楽山の、底知れない悪意と、性懲りの無さと、理路も文脈も弁えないで書くことに、良心の呵責も罪悪感もないサイコパスの性根を見逃さないでほしいと思います。
 
私のツイートは、楽山が既にコピペで載せているものもあるので省略します。それに付けた楽山の記事の文章に、楽山の体質が表れています。傍若無人であり、それを、いかにも被害者であるかのように書いてくる善人芝居です。怒らせて、乱したいのです。ここまでの狡猾な悪意は珍しいと思います。
 
 
*出入り禁止
前記事の追記でも触れたが、st氏は自身のツイッターに、楽山はコメントしてはいけないと書いてた。
これは理不尽な要求だが、こちらとしてはst氏に譲歩し、彼のツイッターにはコメントしないことにした。
 
楽山と直接の遣り取りをすることは、詭弁の迷路に嵌って、徒労~疲労~人格破壊の罠に落ちることです。経験済みです。それが、楽山の、人間性を失って、丁寧芝居、被害者芝居で、自己正当化を図る唯一の手段なのです。楽山は、決して関わってはいけない変質者だということです。
 
 
*メンション
でも、どういうわけか、st氏は、「@komo266」を入れたツイートをして、こちらの視界に入ってくるのだから、わけが分からん。
私宛のツイートをしていながら、反論コメントは禁止だというのは、さすがに自己中すぎるだろう。 
 
楽山批判ですから、楽山のHNを書くのは当然です。当たり前に、楽山の視界には入れようとしています。しかし、批判の主目的は、私のブログ・ツイッターに書いて、広く、楽山の赦しがたい悪の情報を敷衍することです。楽山を変えようとすることは既に諦めています。訂正不能の悪だからです。
 
楽山に反論コメントを赦したら墓穴を掘るようなものです。双方向の、まともな遣り取りなど、楽山は出来ません。楽山の汚い詭弁に直接さらされるのはごめんです。経験済みです。ゆえに精神衛生上、直接の遣り取りだけは避けています。楽山は、つまり、精神衛生上の加害者であり、精神の病原なのです。
 
 
*支離滅裂
そういえば、st氏は以前から、楽山と話をするつもりはないと言いながらも、自分を無視するのは許せないなどと怒ることが多かった。
今回もこれと同じだ。楽山は出入り禁止と言いながら、楽山の視界に繰り返し侵入してくると…。
いやはや、こういう人にはどう対応したらいいか分からんね。
 
「自分を無視するのは許せない」と怒った覚えはないです。楽山の、無反省、無責任、嘘、詭弁、などは赦せないということです。楽山の対応など求めていません。一般の読者への情報として書いています。楽山は体質的な根腐れのサイコパスなので、直接相手にすることは、自傷~自殺行為となりえます。
 
このツイッターのような、ふてぶてしい嘘の吐き方が、楽山の根底を流れ続ける犯罪心理クリミナルマインドなのです。呆れ芝居の良心のない攻撃が、3年余りの批判の流れの中で、しばしば顔を出してきました。しらばっくれて相手をおとしめる・・という筆致が、楽山の根腐れを表してきました。
 
 
◇◆ 追記 2022.3.12 ◆◇
*もう一つ
今になって気がついたけど、支離滅裂といえば、これもそうだ。
「 
楽山からの反論なるものは、反論ではなく中傷であり、論理ではなく詭弁であり、思考ではなく疲労物質です。寿命を縮めるような楽山は、ずっと、出禁です。
 」
これほどまでに楽山のことが大嫌いなのに、楽山のブログ、ツイッターを何年にも渡って追いかけないではいられないというのは、ほんと、どうかしてる。
 
批判するのは批判対象の楽山を変えるためではなく、身の毛がよだつような楽山という鬼畜の情報を一般読者に知らせるためだという批判の在り方が、楽山には分からないようです。楽山の知性と感性は正常人より酷く劣っています。だから、普通では考えられないような不感不応の嘲りが出来るのです。
 
楽山には、常識と良心からの反応ができません。こちらが「寿命を縮めるような」と書いても、「ほんと、どうかしてる」という、楽山特有の軽口の侮辱を平気で書けるのです。高等感情、つまり、思いやり、共感、羞恥心、罪悪感、などが、致命的に欠けている者の筆致です。
 
まさに「楽山からの反論なるものは、反論ではなく中傷であり、論理ではなく詭弁であり、思考ではなく疲労物質です。寿命を縮めるような楽山は、ずっと、出禁です。」ということです。批判を続けるのは、私の安全のためではなく、誰も、楽山の犠牲者になってほしくないからです。
 
楽山には、誰も関わってはいけません、近づいてはいけません。ましてや、コメントの遣り取りなどは、飛んで火にいる春夏秋冬の虫です。楽山は、誰の意見も心情も無視して書いてきます。楽山の害から逃れるためには、楽山が何を書いてきても、楽山を虫として無視して意識から削除することです。
 
楽山の丁寧語や冷静を装う芝居は、よく見れば、罵詈雑言の類だと分かります。客観や中立を装うのは、読者を誘導し、読者に印象を吹き込むための、楽山の企みですが、文脈と表現のあちこちに、楽山からの軽蔑と底知れない悪意は、ずっと表れてきました。自分を見ることだけは出来ない人だからです。
 
楽山は、他者の言うことを、マニュアルのようにしか見ていません。心が無いからです。ゆえに、マニュアルのように書いてきます。ときに、くだけた表現を使いますが、なごみの心を持たず、世辞と同じような芝居に過ぎません。結果として、自分に異常を感じることが出来ません。
 
そして、受け取って理解して反応して書くのではなく、自分が言いたいことだけを書きます。だから、永遠に、議論のプロセスにも結論にもなりません。楽山には、前もっての自分の結論しかないからです。楽山との議論は成立せず、楽山の自己満足だけが、楽山にだけ残る脳のプロセスなのです。
 
3年余りも批判されて、楽山の反応は、受け取って考えることがないのです。つまり楽山は単方向だけで、学習も成長もないのです。極めて時間の無駄なのです。それで、議論ではなく、こちらも、楽山の言を引用して批判することに専念しています。楽山との議論は、誰にとっても禁忌だと思います。
 
楽山は病的な自己中なので、客観的に自分を見ることができません。認識の中心が自我で満たされて、そこから離れられず、いつも上から裁く態度で見ている、それが、楽山の本能的な姿勢です。成長しようがない幼稚な妄想自我です。ゆえに、悔いることなく嘘を吐けるのでしょう。
 
 
悪意の 虚偽の 誘導 狼狽

悪意の 虚偽の 誘導 狼狽
 
 
(2022年03月14日)
 
 
 
  (拙作断片)
 
笑いはがらがらと震え過ぎた紙の声
派手な衣装は次から次へと去ってゆく
この街も変わりましたねえ
深みのない視線で見渡せば
遠い山から吹いてくる風が神の声にも聞こえよう
人格の崩れゆくとき
悪意と作為を拒んだときから
愛は悪い夢の中で目覚め
流涎して悪い現に夢を見る
 
 
子供の靴下よりも
大人の袋や箱よりも恐いもの
悪意や誘惑のプレゼントを配っては
心の中にキーンキーン
キーンキーンと響きを忍ばせて隠しておくんだ
見えない足跡を残しておくんだ
 
 
  世捨て人の
 
世捨て人の夢見るものは
虚無のやさしさで
無為の速度で
自棄の靴紐を絡め
退廃の旅支度を過ごし
厭世の渡し舟を待ちながら
絶望の気道を開いて
暗黒の呼気を促し
怒気の吐息を拾い
悪意の杭を抜いて
憎悪の河に流して
せめて見送れるだけ見送ることだ
 
 
  朝を行く
 
ゆるやかに焼土と化してゆく町の
紙切れ一枚に託された
朝の光と入れ替わるように
みずみずしく滴り落ちてゆく
悪意
覚えはないという
廃虚に燻り炭化して肉質を離れる
かつての
そしてこれからの
痕跡
ほら今日もこんなに光っている
開いた肉芽を屈折して通る宝石の
切通しに立ち竦(すく)む
覚えられることを拒むかのような
幾つもの折れた眼差し
 
 
 
楽山日記のコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら誤ったら素直に詫びて自分正さなくちゃいけない」「それが出来て初めて人間だと それ出来ないなら人ではないと」「嘘ばかり重ねる君よ 保身だけの卑怯者の君よ そんな君は魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと最大限の反省と共に 開いた出店を畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 」
 
 
楽山は、恐らく人格と能力の不足のために、小児期~思春期に、不都合を経験し、ルサンチマン(弱者に募る怨念)が蓄積して、他者無視そして不都合無視の、自己絶対が固定されたのかもしれません。それによって、内省、反省、罪悪感、共感性、などが、さらに欠損してゆくのです。
 
楽山が死んだとき悲しむ人がいるだろうか・・と思います。ネットで、インテリ常識人を気取っていますが、やっていることは、インチキ占い師やペテン師レベルでしかありません。いつか、公共において暴かれるでしょう。前に言っていた、責任問題は生じない、など、通用しないのです。
 
 
 
 ※
 
楽山の仲間でしょうか、私のツイッターの通知欄に、楽山ツイッターのタイトル画像と、楽山の発言を載せてきています。明らかな嫌がらせです。逆らう者には、そういうことをしてくる楽山です。楽山に関わることの災いを表しています。人としての品格の欠片もない楽山、下種の極みであります。
 
楽山は、マニュアルのようなアニマル、決まり文句を覚えても、その文脈を考えて書くことが出来ず、我欲の本能任せに、仲間を頼んで、ウイルスのような毒性をまき散らすヒト型肉食獣、または、人間界に巣食う悪性黒色腫のような、どこまでも汚い癌細胞なのです。
 
楽山の仲間ということは、早晩、楽山とともに堕ちてゆくのでしょうか。楽山の底知れぬ恐ろしさを思います。感じることも考えることもできない楽山の罠に堕ちることは、人間としての良心や真善美の感性から、限りなく乖離してゆくことを意味します。肛門周囲炎のような臭い熱を感じます。
 
今回のことで、楽山には、仲間がいる、または、だまされて同類になった人がいる、または、複数の成りすましをしている・・などという可能性が高くなります。どんどん悪の性根を表してくる楽山です。荒らし軍団の登場です。実に不潔です。最終的には、この中の誰かが、楽山をぶん殴るのでしょう。
 
 
 
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  楽山の駄弁(3)
 
 楽山ツイッター
 
 
見せかけだけの善人・・バレてゆきます。偽善のセリフが、高慢を表します。丁寧語に、だまされないでくださいと言ってきたのは、このことです。楽山は、自壊してゆくのです。ごまかした嘘は、終わるのではなく、血塊となって積み重なり、噴き出すのを待っているからです。
 
幸福の科学を批判することもありますが、歪曲捏造はせず、公平でまっとうな批判を心掛けているつもりです。
 
ツイッター紹介文の、この部分は、以前は、書かれておらず、歪曲捏造し、不公平で、真っ当な批判など出来ない楽山の、後付けの、嘘と情報操作です。だまされないようにしてください。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
自分なりにこれまでの議論を要約しとく。
・楽山「ORはTSの霊界観、世界観を流用してる」
・P氏「高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係じゃ人も社会も救えないんだよ。総裁は何度もそう言ってる」
・楽山「では総裁がそう言ってる部分を示せ」
・P氏はこれに応じない
 
このように追及されると多くの人は参ってしまうのでしょうか。つまり、これは、楽山が、他者を甚振(いたぶ)る時の詰めです。しかし、楽山こそ、示すべき根拠や、受け取った上での弁明をせずに、粘着している自分の有り様を、相手に当てはめて、逃げている卑怯者なのです。
 
「P氏はこれに応じない」・・決まったぜ・・とでも言うような勝利宣言ですが、楽山は、自分の欠点であるところの、神を幼稚な屁理屈で侮ったことについて、数々の詭弁、数々の嘘など、こちらの指摘に、無視をスルーと言って正当化するだけです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
あのねえ、この議論は、Pさんがご自分の発言に責任を持てば、それですぐに終わる話ですよ。
 
このように、楽山にとって、相手の敗北宣言ほどの、ご馳走はないのです。自分のほうが上・・ということを確かめた気分になれるからです。このような楽山の攻撃をかわすには、ただ、関わらないこと、相手にしないこと、受け取らないこと、それだけです。
 
楽山に、成功報酬となるような、敗北を認めてはいけません。楽山に責められる対象よりも、はるかに、罪深い責任回避を、楽山は、スルー・無視というやり方で、まるで自らのカルト信条であるかのように、続けてきたのです。
 
「それですぐに終わる話ですよ」・・詐欺や脅迫に、よくある台詞でしょう。相手に、負けを認めさせたい、それが生き甲斐の、ペテン師で偽善者の楽山の、快楽追求のための習性と獣性、そして非人間性、即ち、卑怯きわまりない悪の、詐欺師によくある軽口のセリフに似ています。
 
楽山は気楽に終わり、相手は一生の傷になる、こういうことを、平気でやってくるのが、楽山のサイコパス・自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)の所業なのです。とても、人間のやることとは思えません。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
でもPさんは「高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係じゃ人も社会も救えないんだよ。総裁は何度もそう言ってる」という風な事を口走ってる。
これは救世のために霊的真実を告げ知らせようという真面目な信者の思いを無にするトンデモ発言でしょう。これはよくない。
 
「真面目な信者の思いを無にするトンデモ発言」「霊的真実を告げ知らせようという真面目な信者の思い」・・HSに戻りたいのでしょうか。何か条件交渉でもしたいのでしょうか。中立気取りでしょうか。少なくともアンチではないように思われます。
 
つまり、どう見ても、アンチの立場ではないことを、楽山は、言っています。楽山には、HSとかアンチとかの立場はないのです。楽山の立場は、結局、自分は評論家なんだ、インテリなんだ、特別なんだ、偉いんだ、という、妄想的な教祖願望でしかないのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
仏法真理では発言には責任がともなうとしてたはず。だったら総裁が上の発言をしたという証拠を提示するなり、うっかり間違った事を言ってしまったとして発言を取り消すなりしてケジメをつけてはどうかと思う。
 
のぼせ頭で「発言には責任がともなう」と言っている楽山こそ、自分の発言に、一切責任を負うたことのない自己中人間です。証拠などはもちろん、取り消しも、けじめも、一切、明確にしないし、持っていないし、忘れてしまうところの、無反省と無責任が、楽山の性根であります。
 
一見、柔和に見える、一見、理論家に見える、しかし、しばらく付き合えば、しばらく、よく見れば、柔和でも理論家でもない執拗なペテン師、それが、楽山です。このような者は、言論の場に、決して、いてはならない者です。
 
楽山・・誰にとっても迷惑な者であり、出会うことが誰にとっても凶事であります。
 
聖書のユダは後悔しましたが、楽山は後悔しません。それが自己愛性人格障害です。
 
楽山は、関係のないリツイートを載せて、ごまかしています。醜いです。
 
今日も、いい気になっている楽山ですが、何も求めず、嘘吐きの飾りで、何の実りもない時間を費やし続ける変質者です。「それですぐに終わる話ですよ」・・この軽々しい口調、楽山には、そう言った前歴か経験でもあるのでしょうか。
 
 
楽山の、すぐに終わる話ですよ

楽山の、すぐに終わる話ですよ
 
 
(2021年12月06日)
 
 
 
  飛んでけ
 
喧嘩の最中
強い方に頷(うなづ)きました
自分が嫌になりました
 
人に頼み事
愛想笑い
相手も笑いかけて
すぐに真顔
 
友人を作れなかった瞬間です
自分が嫌になりました
 
喧嘩には近寄らず
人々から離れて
滅多に笑うこともない
明け暮れ
でもなくて
ひゃんひゃん
と張り裂けそうな
笑い声か泣き声か
 
外へ出したら
おしまいです
鳥肌
 
外へ出たら
はじまりです
裸で風切って飛んでけ
 
 
  狭い展望台
 
車をあとにする
わずかの道のり
登る
ゆっくり
狭い展望台
岩山
景色
すぐに飽きる
勝てない
成れない
落書きを見る
○○老人会
平成○年
少し深く
息をしている
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて 自分 正さなくちゃいけない」「それが出来て 初めて人間だと それ出来ないなら 人ではないと」「嘘ばかり 重ねる君よ 保身だけの 卑怯者の君よ そんな君は 魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと 最大限の反省と共に 開いた出店を 畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
誰かが注意しても、聞く耳を持たない楽山は、反省も謝罪もしておらず、邪悪な性根の根深さが治りません。「人間の性」「自分もそんな風です」などと言って、人間一般のように、醜い詭弁の言い訳をしていますが、成り立ちません。自分を見ないで人のばかり言ってきた楽山の、人間離れの悪と罪と偽善です。
 
楽山は、ツイッターで、他者に、議論?のつもりで、いちゃもんをつけて、遊んでいるようです。何を書いても、自己愛性人格障害として批判対象にしかならないのに、それでも、書いてくるのは、その病質によって、自分は出来るんだ妄想が膨らんでくるからでしょう。
 
今回は、前歴のような、嘲り言葉を発して、素性を臭わせる楽山です。事実は知りません。しかし、上から、過ちを認めるだけでいいんだよ・・そのあとに、(楽山に)逆らうとこうなるから、逆らっちゃダメでしょ・・とか、付いてきそうなセリフです。
 
 
 
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  楽山の駄弁(2)
 
 楽山ツイッター
 
 
いちゃもんをつけるだけなら簡単と、楽山は、引用+批判をツイートしていますが、いつものように、高慢と、思慮不足で、自慢になったり、断片的になったり、何にもならなかったりしています。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
私は、カクカク・シカジカの理由で大川隆法は嫌いだと書いてます。
でもPさんは、その理由の部分をはぶいて引用してます。その結果、私がただ大川隆法をくさしたかのようになってます。
こういう切り取り方は印象操作であって、正しくありません。
 
楽山の、ふざけた「カクカク、シカジカ」を信用してはいけません。理論家気取りですが、大方、詭弁です。楽山は、理屈めいた書き方をしていますが、嘘と印象操作など詭弁を弄し、結局、くさしているだけです。自己愛性人格障害によって、楽山は、自らをも、腐らせてゆきます。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
「誤読だ」「Pの解釈だ」と強弁し、
私は結論だけでなくその理由を書きます。理由の提示なしに結論だけを強弁してるのはPさんかと。
 
楽山は、根拠も理由もなく、霊能者気取りであり、上から見下ろして、言いたいことだけを言い、批判に対しては、ことごとく無視してきました。にもかかわらず、今も書いてくるのは、羞恥心がないからです。楽山の言は、嫌がらせ以上ではなく、はっとさせるものは皆無です。
 
総裁先生の悪口を言っても
 」
これについては上に書きました。
私が全く乗ってこないので
 」
いいえ、毎回反論してきてるでしょう。殆ど精神勝利宣言だけど。
 
楽山のほうが、鈍感を冷静と勘違いして、鈍いのに高慢な勝利が前提になっています。説得力も、思いやりも、罪悪感もなく、乗ってこないのではなく、都合の悪い他者の意見に反論も詭弁となり、自分の言だけを押し出してくる厚顔無恥の単方向が本質なのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
アナタはかなりお困りのようですね。
 」
私の意見は、Pさん以外の方々には理解してもらえてるようなので困ってはいません。
ただ同じようなことばかり繰り返し書くのは、さすがに面倒くさくなってきてますけど。
 
誰も楽山の言を理解していないと思います。楽山は病識がないので、理解されたと勘違いしていますが、実際は、楽山を受け入れることは、だまされていることを意味します。面倒くさいのは、本心を隠して、詭弁を捏造しているからです。
 
誰も感動していないのに、執拗に、ネチネチと同じようなことを書き続ける性懲りのなさが、楽山のやり方です。肝心なところでは、行き詰まるようなところでは、さっさと逃げて、都合の悪いことを、一切、無かったことにするのです。荒らしよりも悪質です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
返信先: 
@komo266
あっ、そうだ。HSにはオリジナルの教えがありました。
「大川隆法は主エル・カンターレであり、神様である」
これはHS以外では、どこも言ってないオリジナルだと思います。絵文字(握った手)
 
楽山には、自分は霊が分かるっぽいと書いた記事があり、批判されても、無反応です。楽山にあるのは、霊能者気取りをはじめとする様々な気取りと、三文芝居と、現実と超常の混同と、不都合を無視するアドラー教からの自己中です。
 
楽山を相手にしてはいけません。疲労して、楽山と同じように、知性も感性も鈍麻して、自分に頷き続ける人形のような精神異常になる恐れがあります。それに、楽山には、オリジナルな思想は、何一つありません。都合のよいところを、拾って、引用~悪用するだけなのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
@komo266
さん
ちなみに、大川隆法を嫌だなと思うのは、人を尊敬せず、大切にしないところです。
教団初期は、谷口雅春や高橋信次から多大の恩恵を受けながら、その後はこき下ろした。
きょう子夫人についても五人の子供をもうけながら、その後はこき下ろした。
こういうところは嫌悪感を抱かないではいられない。
 
楽山を嫌だなと思うのは、人を尊重もせず、大切にもしないところです。楽山と長く遣り取りをして、異常な疲労感を覚えた人は少なくないでしょう。楽山は、温もりと潤いに満ちた人間らしさが欠落しているので、質の悪い歯車のような仕掛けで、堂々巡りし続ける迷惑分子です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
HSのオリジナルな仏法真理は膨大だから
仕方がないのかもしれないネ
 」
いやいや、今どきHSに限らず、
オリジナルなんてものはそうそう無いです。
どんなものでも先行する何かに影響を受けてるものです。
 
楽山には、オリジナルなど全くないと言ってよいでしょう。このように、自分の欠点を、一般化して、自分を相対的に、正常に見せかけてきます。理解力がないため人真似も上手には出来ないので、言葉の端々だけ真似て、自分の意見であるかのように吹聴しています。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
それだから
先人の影響を認め、リスペクトする人は賞賛され、
オリジナルと言い張り、先人の功績を認めない人は軽蔑されるんですよ。
 
自らの不遇を、自ら英雄視しています。これが、自己愛性パーソナリティ障害NPDの自己顕示欲です。先人にも、聖書にも、書物にも、学ぶことが出来ず、ゆえに、訂正不能の自我によって、分かっているんじゃ芝居を、何度も何度も、意地になって、繰り返すしかないのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
アナタが「トンデモ発言」と毒づく仏法真理とは何なのでしょうね?
 」
これは誤読です。こんな感じかな。
楽山「P氏はトンデモ発言してる」
P解釈「楽山は仏法真理をトンデモ発言とした」
P氏にとって「私の言葉を否定するのは仏法真理を否定することだ」ということかな?
 」
 
違うようです・・相手がトンデモ発言していることを、楽山が毒づいていることの正当性を担保する仏法真理を、何なのかと聞いているようです。楽山は、答えることが出来ないので、また、詭弁を並べて返したつもりになっているようです。
 
嘘、詭弁、印象操作、妄想、霊能者気取り、無反省、無責任、罪悪感や羞恥心の欠如、無神経、冷酷、等々、楽山は、トンデモ発言製造工場のような、雑な木工細工なのです。人間の温もりがなく、生気がなく、曇った仮面の節穴から、いい加減発言を、正義であるかのように振り回してきました。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
ちなみに、私がORはTSワールドから出れないというのは、こういうこと。
・ORのすべての教えの土台には霊的真実がある
・この霊的真実はTSの霊界観に多くを依拠している
・ORがどんなに沢山の教えを説いても、この霊的真実を土台としている限り、TSの影響下にあり続ける
 」
★こも/楽山日記3
@komo266
ぶっちゃけ、ORは、神、霊界、霊的法則などの霊的真実以外の教えを説いているとか、高橋信次の影響は受けていないとかいうのは、
ORの言葉の上っ面だけ見て、その背景の思想とか、理念とかを全然感じ取れてないからだと思います。
 
「ORの言葉の上っ面だけ見て、その背景の思想とか、理念とかを全然感じ取れてないからだ」
・・ORのことを、自分は、背景も理念も、深く分かっている、という、楽山の自慢です。批判に答えられないのに、よく言います。背景、思想、理念、楽山から感じたことはないです。
 
教祖願望が強く、趣味のアニメから宗教に至るまで、霊と超常で語ろうとしてきた楽山は、全く、その器でないことに、妬みでもあるのでしょうか。それゆえ、他者について、「言葉の上っ面だけ見て」いると言い、自分こそ、人知も理念も、超常も、深く分かっていると妄想するのでしょうか。
 
実際は、人間一人の気持ちさえ察することできない楽山です。霊的真実も、何的真実も、楽山が言っても排泄に過ぎないのは、人間理解に関わることで、楽山の手に負えるものが何もなくて、何を言われても、感じず、考えず、無視して、言い張りだけを続けていられるからです。
 
楽山ほど厚顔になったら、人間としての言論生活や社会生活は、だます以外できなくなり、楽山のように、超常の宗教に、そして、妄想に、逃げるしかなくなるでしょうか。そうならないために、楽山には、関わらないでください。近づかないでください。楽山を相手にしないでください。
 
 
 
丁寧な口調で控えめなわりに、大きな話をする人。・・本当に、性格が控えめで丁寧な人は、大袈裟な話はしないだろうということを考えて、丁寧で控えめで・・のほうを疑って、様子を見てゆくと、やっぱり丁寧な口調は、カムフラージュで、高慢な偽善者だったと分かることがあります。
 
 
詭弁の雑言

詭弁の雑言
 
 
(2021年12月05日)
 
 
 
 キーワード:雑
 
 
  通過と圧力
 
次から次に礫(つぶて)を投げてくる口は
ちょうど列車が通過するガード下
を通過するように無言である
 
光を除外した反射を幾たびも経て
細く向けられる上目遣いの
耳を持たない微笑の眼差しは
うっかり渡ってしまった横断歩道上の
歩行者に迫り来る轟音(ごうおん)と雑言(ぞうごん)である
 
であるからであるを繰り返して
階段を下りてくる論理が
転げ落ちるしかなかったように
すべて嚥下(えんげ)して受けてしまったものは
 
下って落ちてゆくしかないものとして
すでに口を通過しており
食道を通過して胃を腸管を・・・
詰まりであるからも糞(くそ)もなく
 
ゆっくり潰しにかかる種々の圧力によって
ワームの消化管が失ってゆく容積に等しい
 
 
  人の往来
 
利発な新芽の子らは溌剌(はつらつ)として歩み
しばしば見つからない目標から外れながら
未だ懺悔(ざんげ)も罪さえも知らぬまま
長い後悔の旅を気づかずに始めている
 
辛辣(しんらつ)な林の大人は雑木の目測に遑(いとま)もなく
枝葉の区別も構わず枚挙に充(あ)てて
呆気(あっけ)にとられた日々を追う
 
街へ行く人
街から帰る人
ただ黙ってうろうろする人
雷雲の中を山から下りてきて
ずぶ濡れで稲光と轟音に囲まれ
身も心も冷えきって夏に震える人は
ポンコツのオートバイをさらに傷めて
ヒューズが飛んだ
ヒューズが飛んだ
方向指示器が点かなくなったと
狼狽(うろた)えて目を剥(む)いている
 
暢気(のんき)にここら界隈(かいわい)
呵々(かか)と笑う営みの声を聞き流し
今日一日を畳もうと出かけたときには
あんなに晴れていたのに
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて 自分 正さなくちゃいけない」「それが出来て 初めて人間だと それ出来ないなら 人ではないと」「嘘ばかり 重ねる君よ 保身だけの 卑怯者の君よ そんな君は 魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと 最大限の反省と共に 開いた出店を 畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
誰かが注意しても、聞く耳を持たない楽山は、反省も謝罪もしておらず、邪悪な性根の根深さが治りません。「人間の性」「自分もそんな風です」などと言って、人間一般のように、醜い詭弁の言い訳をしていますが、成り立ちません。自分を見ないで人のばかり言ってきた楽山の、人間離れの悪と罪と偽善です。
 
楽山は、ツイッターで、他者に、議論?のつもりで、いちゃもんをつけて、遊んでいるようです。何を書いても、自己愛性人格障害として批判対象にしかならないのに、それでも、書いてくるのは、その病質によって、自分は出来るんだ妄想が膨らんでくるからでしょう。
 
 
 
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  楽山の駄々
 
 ★こも/楽山日記3
 
 
数日、ブログの記事を書いていない楽山は、その分、我欲の知ったかぶり欲求を、ツイッターで発散しているようです。ますます何が言いたいのか分かりにくくなっていますが、はっきり言えるのは、何の反省もなく、人のことばかり言って、得意になっているだけということです。
 
楽山の、ストレス解消でしょうか、しかし、もはや、どこに書いても、何を書いても、信頼を得ることはないでしょう。多弁で、執拗で、これが、楽山の、ネチネチ言論ですが、言い捨てるクレームであり、独り言であり、言論になっていないのは、自分を見る目を、全く持っていないからです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
結局、こも氏は『やめた自分が正しくて、総裁やHSや信者が間違っている』と言いたいのかな。
これが「執念の源泉」なのかな?
 」
私が言ってるのは、「Pさんはいい加減なこと言ってる。信者ならちゃんとORの教を学び、守りなよ」ということです。
 
楽山は、アンチとして批判している立場を自認していたような気がしますが、信者に、ORの教えをちゃんと学び、そして、守れと主張しています。優位に立てると思ったら、立場はお構いなしになっていることに、アンチでない楽山が表れています。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
私は基本的に、きちんと教えを学び、守ろうとしてる真面目な信者さんにはごちゃごちゃ言いません。でも、いい加減な信者に対してはその限りではありません。
 
楽山は、ごちゃごちゃ言いたいようです。きちんと教えを学ぶように教えています。どこがアンチなのでしょう。自分が何を言っているのか、分からなくなってきたようです。"気取り" だけだと、批判の軸がなくなるのが、よく分かります。楽山は、何も言うべきではありません。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
ところで、
Pさんは、言葉を軽視しすぎて、人の言葉を正確に読み取り、理解しようという意識が感じられないです。大川隆法の教えに対してもそうです。
「言葉にとらわれないこと」を「言葉を軽視すること」と勘違いしてるのでしょうか。もしそうなら気をつけたほうがいいです。
 
今まで、ずっと、人の言葉を正確に読み取り、受け取って、返すということが、まるで出来ていない楽山です。楽山は、ずっと、都合の悪いことを無視し、都合の良いことだけを、自分のために利用してきました。体質的に、議論の邪魔しか出来ない人です。
 
今まで、言葉を軽視、というより、言葉を愚弄し、自己中心に悪用してきたのは、他でもない楽山です。詭弁と嘘で出来ている楽山は、自分を見ないので、他者に言った言葉が、ブーメランとして、自分を斬っているのですが、それも分からないのが特徴です。
 
「気をつけ」る、ということが、まるで出来ていない楽山が言っても、無意味なのです。楽山は、アンチではありません。我欲が、混線~暴走しているだけです。気をつけたほうがいいのは、楽山のほうですが、本人だけが、気づかないのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
文言だけを切り抜けば
真逆の事を書いている箇所はいくらでもあるんだよ
そんな「言葉のコレクション」を付き合わせて比較しても、非難しても
何の意味もないのサ
これがこの世とあの世を貫く仏法真理だよ
 」
一口に「真逆」といっても、その中身はいろいろです。
 
楽山のボンヤリ言語です。"いろいろ" について、何も説明できない楽山の駄弁が始まります。気をつけてください、純粋な人ほど、傷が深いです。楽山には、罪悪感がありません。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
例を挙げればこうなる。
・方法論の場合(反省と光明思想など)
・事実認定の場合(きょう子夫人は文殊菩薩と認定するも、後に裏切りのユダとするなど)
方法論として真逆の教えを説くならまだしも、
事実認定がコロコロ変わるようでは失笑されても仕方ないです。
 
これで、何か説明したつもりなのでしょうか。楽山は、都合の悪いことを全て無視してきたので、方法論とか、事実認定とか、何を語るにしても、理路を通したことがありません。これが、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)の宿命なのです。
 
よく読めば、自分の言いたいことが、まとまらず、理路の組み立てが、まるで出来ていないのが、楽山の特徴です。だから、「こうなる」と言われても、説明になっていません。公開しても、誰にも分からないように書いているのでしょうか。楽山の自己満悦に、付き合わないでください。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
あとは、思想の方向性というのもあります。
ORは「唯物論は間違いだ」とはいっても、「唯物論は正しい」とはいわないでしょう。
また、「神、霊界、霊的法則を信じることは救いにつながる」とはいっても、「神、霊界、霊界法則を信じても救われない」とはいわないでしょうね。
 
楽山は、ORの、良き理解者なのでしょうか。アンチを自認してもアンチとして成り立たない者が、理解者として成り立つでしょうか。とても幼稚なことを言って、理屈倒れの無残を、露呈しています。"霊が分かるっぽい"自覚があるからでしょうか、いえ、ただの鈍感です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
つまり、HSの中核理論の一つという事ですね。
 」
92、3年頃から断続的に説かれてるという話から、
正心法語、仏陀再誕でも説かれてる中核理論だと変わってきてる…。
なんか、自分のトンデモ発言を正当化できる文言を必死に探してるみたい。
 
いかにも他者の言うことを把握しているかのような書き方ですが、だまされないでください、楽山は、他者の言うことを受け取ったことはないのです。つまり、人のことを言う楽山の言こそ、トンデモ発言であり、自己正当化の詭弁であります。問題外とするべきです。
 
数か月の遣り取りと、その後の、約3年にわたる楽山ブログ批判によって、楽山には、まとまった主張などないことが分かっています。楽山が理屈っぽく言っているのは、本質ではなく、楽山の自己顕示欲によるもので、それについて、考えること自体が、無意味です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
今回の例では…。
・『高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係じゃ人も社会も救えないんだよ』
(神、霊界、霊界法則は救いに関係ない。唯物論的)
・『高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係だけじゃ人も社会も救えないんだよ』
(神、霊界、霊界法則は救いの一条件。宗教的)
 」
★こも/楽山日記3
@komo266
つまり、「だけ」があるかないかで、唯物論か、宗教的かが分かれる。
だからこれは下らない文言問題ではなくて、大きな思想問題になる。
さらには、こっそり「だけ」を付け足して意味を変えるのは、嘘、誤魔化しであり、卑怯な行為になります。
 
楽山は、HSの味方をするために書いているようです。楽山の、難しそうな書き方を信用しないでください。上の2つの命題の比較にしても、救うプロセスが、霊ではないのか、霊以外にもあるのか、という全否定か部分否定かの違いであり、唯物論か宗教的かが分かれるわけではありません。
 
宗教が何なのか、まるで分かっていない楽山には、宗教における理路も、成り立ちません。宗教について、楽山は、机上の辻褄だけで語ったつもりになりますが、そこは、大きな勘違いです。それを、訂正もせずに、今も語っているのは、妄想と教祖願望に過ぎないということです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
『高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係じゃ
人も社会も救えないんだよ』
総裁先生も同じ事を言ってるし
 」
もう何度も注意してることですが、
総裁は言ったではなく、
自分解釈だとした方がいいです。
でないと、嘘つきになりますよ。
 
嘘吐きが、人のことを、嘘吐きと言っています。これが、楽山の厚顔です。無反省、無責任、自己中、訂正不能の自我の誇大妄想、嘘と詭弁のペテン師、霊能者気取り、言いたいことはあるが聞きたいことはない・・という楽山には、他者の嘘を指摘する資格は、全くありません。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
Pさんは、ORは90年代初頭から何度も『高級霊の存在や次元構造や波長同通と憑依の関係じゃ人も社会も救えないんだよ』と言ってるというけど、大方、この手の誤読をしてるだけでしょう。
HS本の引用があれば誤読を明確に指摘できたろうけど、引用はしなそうだし、いい機会だからここで書いときます。絵文字(握った手)
 
楽山は、誤読というより、曲解しかしてこなかった人です。読書しても、読んだ・・という慢心だけで、実際は、自分に都合のよい文言を漁って引用して、自己正当化をしてきただけです。反省、とほほ・・などと書くことがありますが、その前後で、何の変化もないという大嘘吐きです。
 
なお、楽山は、誰とも、手を握ることも、手を合わせることもありません。それが、自己愛性人格障害です。自らが教えてやる・・というスタンスで生きてきたのでしょう。それは、人の交流において、いちゃもん屋にしかならず、決して、生き方にはならないものです。
 
楽山を、決して相手にしないでください。異常に疲れるだけです。楽山は、小中学校以後、成長していない人で、子供じみた理屈屋で、幼稚な教祖願望~野望をもって、ハナタカになっているだけの人です。楽山は、高慢が、詭弁付きで、訂正不能になっている精神病質者なのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
ちなみに、これはPさんのいうような文言問題ではないです。
Pさんは総裁が信仰を否定する唯物論的なことを言ったと主張するから、私は驚いたし、その証拠を求めたのです。総裁が本当にそんなことを言ったのか(思想問題)、Pさんの勘違いなのか(誤読問題)、その他諸々のことを確認するために…。
 
楽山は、人の言うことについて、文句を言ってきますが、正当な理路も直観も見られない、つまり、いちゃもんに過ぎません。楽山は嘘吐きです。楽山の読書は誤読で出来ています。思想問題も誤読問題も、楽山が、他者に対して指摘するのは、笑止であります。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
これはあくまで想像であるし、まちがってるかもしれません。ただそれでも、信者でありながらこれだけのトンデモ発言をしたということは、Pさんの思考回路は相当すごいことになってそうではあります。おそろし 絵文字(握った手)
 
「pさんの思考回路は相当すごいことになって」・・婉曲的な言い方ですが、侮辱です。楽山が、いちばん、快楽に浸るところです。自己愛性人格障害の言論サディストが、楽山の本性です。真剣には何事にも興味を持てない人なのです。
 
「想像で」物を言ってはいけないところで「想像であるし、まちがってるかもしれません」と書いてくるのは、楽山の、責任逃れの言い方です。白々しい謙虚芝居に過ぎません。楽山の言ってることに、決して理路を読み取ろうなどと思わないでください。理路は、楽山には、ないのです。
 
楽山は、散乱して使い物にならない自らの理路と鈍い感受性をごまかすために、丁寧語や反省言葉を書いてきますが、それは、保身のための、保険的な詭弁なのです。ゆえに、楽山は、卑怯者です。楽山には、人が発言するために必須であるところの、共感や思いやりなどの高等感情がないのです。
 
楽山と遣り取りをすることは、時間をドブに捨てて、心身をグルグル空回りさせるようなものです。批判する気のない人は、決して関わらないようにしてください。悪意と慢心を相手にして、いかなる議論も成立しません。そういう人だと知らせるために批判があります。
 
楽山は、頭に浮かんだ理路の断端を、まき散らして、評論家やインテリ宗教家を気取るペテン師です。自分の言ったことを分かりやすく説明するすべを持ちません。相手が理解するかは気にしないようです。楽山の頭は、まとまりません。そのような学習をしてこなかったからです。
 
 
散り散り断端のみ

散り散り 断端のみ
 
 
(2021年12月04日)
 
 
 
  々々破綻
 
無々と考えてあぐねて
捏(こ)ねた駄々が残るだけなら
むしろ念々に生きて
何も望まず
何も諦めず
虚々と鳴く鳥のように
何も信じず
何も疑わず
否々と猫のように
 
しかし叶わぬこと
すべてを疑い
すべてを信じ
すべてを諦め
すべてを望み
空転する日々
昏倒する年々は千々に綻び
離々と破れてゆくばかり
もはや何も
空々と痩せ犬のように弱音を吐いて
吼(ほ)え哮(たけ)ることも出来ないまま
 
 
  老いたる男
 
独り暮らしの老いた男は
もはや写真にさえ写らないのだ
彼だけしか使わないカメラによって
撮られた景色に彼が
いるのは確かなのだが
彼がシャッターを切る限り
彼は決して写らないのだった
写真は存在でも不在でもない
 
トイレで放屁二発
近所の犬が二声吠(ほ)える
フ、何吠えてやがる
ここから聞こえるのかな
と苦笑した後
はたと思い出したように
今日は満月だったかと
狼男は外に出て
欠けた牙の歯肉炎を
空に向かって剥(む)き出すのだった
ぽつりぽつり雨粒が顔に落ちて
頬を伝って流れていった
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて 自分 正さなくちゃいけない」「それが出来て 初めて人間だと それ出来ないなら 人ではないと」「嘘ばかり 重ねる君よ 保身だけの 卑怯者の君よ そんな君は 魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと 最大限の反省と共に 開いた出店を 畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
誰かが注意しても、聞く耳を持たない楽山は、反省も謝罪もしておらず、邪悪な性根の根深さが治りません。「人間の性」「自分もそんな風です」などと言って、人間一般のように、醜い詭弁の言い訳をしていますが、成り立ちません。
 
自分を見ないで人のばかり言ってきた楽山の、人間離れの悪と罪と偽善です。最近は、ツイッターで、いちゃもんを書いていますが、公開するに値するような、読者を理解を考慮した書き方が全然できていない、つまり、独り言なのです。
 
 
 
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