無理解の感想文
 
 楽山日記(LD)2022年06月24日
 『釈尊のさとり』増谷文雄著
 
 
楽山の感想文には、飾り言葉はあっても、どこが、どのように、・・という解説がありません。理解してないからだと思います。小学校で、感想を聞かれて、よかった、または、感動した、エヘヘ、などと答えるようなものでしょう。この嫌な雰囲気は、楽山の言に表れてくることがあります。
 
楽山が、勉強・学習しないで、自慢げに書いてくるのは、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)の特徴でもあります。この障害ゆえに、楽山は、書いたことに責任を負わず、また、反省せず、悪いことを、みな、他人のせいにします。
 
 
*再読
ここのところ仏教関連の書籍は読んでなかったので、ひさしぶりに本書を再読してみた。
特に印象に残ったところは以下の通り。
 
「以下の通り」と言って、その感想の内容の貧相なことです。この程度の感想なら、書かないほうがマシではないかと思います。努力も、実感も、内容が表れていない短い文章になっています。楽山には、文章を公開しているという自覚がないようです。
 
 
*直感
一つ目は、釈尊のさとりは直感であって、そのあと思惟によってまとめられたというところである。直感を得ておわりではなく、そのあとの作業の丁寧さ、粘り強さには感動する。
 
どう「作業の丁寧さ、粘り強さ」であったか、楽山は書けないのです。内容に触れないで褒めるのは、楽山が内容を理解していないことを表しています。「直感であって、そのあと思惟によってまとめられた」・・そういう書き方が表しているのは、ほめとけばええじゃろ・・で、読んだことにする人です。
 
 
*初転法輪
二つ目は、五人の比丘たちは、釈尊の説法を聞いて、その内容をすぐに理解したわけではなかったという話である。何日にもわたって、釈尊は五人の比丘たちが理解するまで話し続け、五人の比丘たちもそれを聞き続けたと…。双方の粘り強さには感服する。
 
感想は「粘り強さ」だそうです。「感服」したのだそうです。文章を書いて公開すれば、その文章についての感想も生まれます。わざわざ、読んだけど理解できなかったのでこの程度を、書く必要ありましたか、という感想をいだかれても不思議のない文章になっています。
 
 
*悪魔
三つ目は、悪魔とは色受想行識であるという指摘である。これは前に記事にしたことがあるが、仏典には、釈尊がそのように語ったと書いてあるというのは説得力がある。これは縁起、無我、五蘊仮和合…などからしても、よく納得できる説明ではある。
 
そして、「色受想行識縁起」「無我、五蘊仮和合」と、難解な言葉を書いて、「よく納得できる説明」と書いています。説明がありません。人に文章を見せるということを全然自覚していないようです。そういう自己満足の独り言なら、公開しないで、ノートに書くにとどめてほしいと思います。
 
(ネットより)
五蘊(ごうん)とは
そもそも五蘊とは、人間は1つの肉体的要素と、4つの精神的要素の、合わせて5つの要素で構成されていると説く仏教の思想である。
色しき(ルーパ)
受じゅ(ヴェダナー)
想そう(サムジャナ)
行ぎょう(サンスカーラ)
識しき(ヴィジュニャーナ)
色 → 物体
受 → 感受
想 → 表象
行 → 意志
識 → 認識
禅の視点 - life より
 
(ネットより)
個々の事物は因縁によって五蘊が仮に集まってできたものであるということを五蘊仮和合(ごうんけわごう)という[4]。五蘊仮和合は、特に有情の個体については、我として執着するような実体がないことを表す[4][注釈 2]。
五蘊(Wiki)
 
ざっと言えば、物体など現象を、受け取って、頭の中でイメージして、行動の意志が生まれ、認識に至る・・ということらしいです。詳しいことは知りません。
楽山は、平気で宗教などの専門用語を使ってきますが、解説して理解を促す気はないのです。世辞は言っても、気遣いはしないようです。
 
 
なぜ、楽山に対して、このようなことを書くかと言えば、この無責任さで、勝手に決めつけて、キリスト教や信仰を侮辱してきたからです。こちらの批判を無視して、反対も賛成も書いたから責任問題は発生しないなどと書いてくる始末です。こういう人がいると議論が成り立たないので批判を続けています。
 
あらゆるところに言葉についての不始末が表れてくる楽山です。言論についての、書いて公開するということについての、分別や節操が、まるで無いのです。このような文章は、ノートにでも書いて、公開しないでほしいものです。読者に、時間の浪費をもたらすだけです。
 
無反省で無責任に、言いっぱなし、それが、私との関係でも、3年以上続いています。つまり、言うには言うが、責任は取らない、訂正もしない、インテリ気取りで、訂正不能、書いたら忘れる能天気な楽山に、付き合う人がいなくなるのを、心から願って止みません。
 
楽山についての評価は病質ということで、記事を読んでも、変わることはなさそうですが、先日、楽山から遣り取りを求めて来たことがあります。また疲労させるつもりでしょうか、今さら何を言っている・・ということです。楽山は、嘘と詭弁による真実の追求の阻害因子です。
 
楽山の害毒を経験した者としては、成り立たない遣り取りで病的に疲れることは、一度でたくさんであり、もはや同じ選択はしないのです。楽山に限っては、私のブログのコメント欄、および、私のツイッターには、出入り禁止です。私も、楽山のサイトに書き込むことは、一切していません。
 
 
瓦礫を誇る者

瓦礫を誇る者
 
 
(2022年06月25日)
 
 
 
  バラバラになって
 
奇妙なやつだ
死んでいるはずなのに
バラバラになって
半分焼け焦げた肉片が
あちこちに転がっている
 
黒焦げになったのや
まだくすぶっているのもある
口と鼻の一部が
瓦礫の上に斜めに傾いたまま
少し離れて片方は飛び出した眼球から
原形をとどめない髪の頭部までが
逆さになって
言い残したことでもあったのか
唇はしきりに動かしているし
目はキョロキョロとあたりを見回したり
時々こちらを見ている
声にならないので何を言っているのかわからないが
むごたらしさ以外の何かを
伝えようとしているように思えてくる
ひょっとしたら彼も
隣に転がっている私を何か言いたげな
妙なやつだと不思議がっているのかもしれぬ
誰かが私を持ち上げた
天と地が大きく回った
 
反応がない
周りの人たち
口を動かし声を出そうとするのだが
出てないらしい
 
ドーンと
音と衝撃のようなものがあって・・・
そこまでしか覚えていない
ライトはやけに明るいが
もともと暗い部屋だなここは
 
胴体と手足を並べている人
その足首は違うよ
私のじゃない
気づいたらしくどこかへ持っていった
別の人はしげしげと眺めては何か書いている
皮膚や肉を切り取ってガラスの皿やビンに入れながら
話しあっている別の人たち
メスを入れるのか痛くはないが
幾人かは書類を持ってすでに去った
やがてライトが消され
カバーをかける一人を残して皆去って行く
 
とても暗いよ
ちょっと待ってもらえないかな
まだあるんだ言いたいこと
たくさん持って私ここに
まだ・・・ある・・・のに
 
 
  無人の駅
 
迎えるためか
見送るためか
無人の駅のホームで
一人の老人が待っていた
 
ここは廃線が決まっていた
すでに汽車が通る予定はなかった
人にそう言われても
「だから行かなければ」と
老人は毎日
一人で立って待っていた
 
廃線が決まってからまもなくだった
砂利が敷き詰められた
もう線路はなかった
人にそう言われても
「だから見つけなければ」と
しゃがみ込んで老人は
まだ待っていた
 
かつて駅だった空き地
子供たちが遊んでいる
老人の姿はない
隣接した国道にバス停
バスが着いた
「セイリケンヲオトリクダサイ・・・」
 
駅とは呼ばれない崩れた廃屋
ホームとは呼ばれない潰されたコンクリート
埃にまみれた瓦礫や板の中に
伝言板らしきものが落ちていた
「コクウ ニテ 」
読める字はそれだけだった
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら誤ったら素直に詫びて自分正さなくちゃいけない」「それが出来て初めて人間だと それ出来ないなら人ではないと」
「嘘ばかり重ねる君よ 保身だけの卑怯者の君よ そんな君は魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと最大限の反省と共に 開いた出店を畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
 」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
 
「実践するのは難しいんだよなあ」「これも一種の、人間の性なんでしょうかね。」・・あとに、エヘヘか、楽山の好きな、トホホでもついてきそうな、成り立たない言い逃れです。反省が楽山にだけは難しいから、楽山は病的ナルシストと呼ばれるのです。楽山の、砕けた表現は、警戒するべきでしょう。
 
 
 
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