楽山の口から出まかせ
 
 『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』
 蔭山克秀著
 2021年10月30日 楽山日記(LD)
 
 
楽山は、また、性懲りもなく書いてきました。その都度、批判します。
 
楽山は概念把握が出来ていません。この段階で、理路が壊れてゆくのです。そのことを全く自覚しない自己愛性パーソナリティ障害NPD(自己愛性人格障害)なので、まともな言論者を気取って、自己顕示してきます。
 
いくら書いても、恥の上塗りに過ぎません。公共に対する大迷惑であり、楽山は、ペテン師であり、いかなる言論者でもありません。楽山の、本の紹介を真に受けないでください。楽山は、都合のよい文言を漁っているだけで、読解していません。だから、破綻が表れます。
 
*概要と感想
本書では、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、東アジア諸国などの国民のものの考え方を解き明かしつつ、キリスト教、イスラム教、儒教、社会主義についても説明してある。
 
宗教・思想の名前を並べて「説明してある」は、何の説明にもなりません。ゆえに、何の主張にもなりません。こういうことも分からない楽山です。イントロだとしても、そのあと、何も説明らしい説明が続いていないのです。
 
その文体は軽妙、平易でとてもわかり易く、すらすら読める。ただ大ざっぱすぎると感じるところがなくもない。たとえばイギリスについては「島国人は村人だし、村人は保守的だから、その結果、みんなそこそこのところで満足し、その後現状にそこそこ不満を抱く」(p.72)云々という具合に単純化しすぎて偏見を助長することになりはしないかと心配になるところはある。
とはいえ、本書はいろいろな思想宗教の要点を掴んだり、それぞれの国民性を大まかに把握するには良い本である。
 
楽山は、何を「良い本」などと、教える立場で言っているのでしょう。楽山に、評価する能力はありませんし、教える器量もありません。楽山は、理路が組み立てられないため、文章が成り立たないので、何も「把握」していません。嘘を詭弁でつないで載せてきます。
 
それが、約3年間の批判の結論であり、今回も、覆ることはありません。恥を知らない楽山だから無遠慮に書いてくるのです。言葉は、その時その場で、楽山の頭に浮かんで、意味なく浮遊して、バラまかれ、保持されず、霧散して消えてゆきます。
 
*科学と宗教
個人的には、本書の中ではこの部分にはよく納得できた。
科学や理性は「頭」で宗教は「心」と、それぞれ担当部署が違う。科学や理性は簡単に「神を殺す」が、心は神を求め、神に居場所を与える。なら科学が「神の存在証明をしようぜ」なんて野暮なことを言い出す前に、科学とは別ジャンルの「安らぎの源」として、完全に棲み分けてしまった方がいい。その方が、お互いにとって幸せだ。
(『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』蔭山克秀著、青春出版社、2016年、p.48)
 」
本来なら科学と宗教が一致しているのが理想であろうし、「棲み分け」という考え方には抵抗を感ずる人もいるだろうが、現実的には両者の一致も、共存も難しいだろうし、いらぬ衝突を避けるには一定の距離を保つということも時には必要なのだろう。
 
「科学と宗教が一致しているのが理想」・・楽山の無理解が表れています。科学と宗教を、自然科学と人文科学+信仰を、どうやって同じ土俵に置くのでしょう。この発言は、例えば、数学と国語をいっしょに扱うようなものです。概念形成が未熟で、楽山の理想は妄想にしかなりません。
 
科学と宗教を一致させて、公式のように神を考えるのでしょうか、滅裂です。学問・思想・宗教の、方法論の初歩から、楽山には分かっていません。楽山の思考と言論が、小学生以下だと思うだけでなく、他者を混乱させるだけのインチキであることが表れています。
 
楽山という人は、こういうふうに、疲労と混乱と害悪だけをもたらしてきます。楽山は、科学も宗教も理解していません。恐らく、数学も国語も理解せずに大人になり、理解を見せかけで気取りたいだけだと思います。楽山は、常識欠如の小便を引っ掛けて、言論の公園を汚しています。
 
私は、理論家でも専門家でも学者でもないので、常識的な理路と、温もりと潤いのある心を求めて文章を書くように努めているつもりです。そのような良心の欲求を踏みにじってきたのが、楽山です。楽山は、文章が書けないことがバレても、嫌がらせの嘘と詭弁で、だましてくる人です。
 
楽山は、学ばずに教えようとし、百害あって一利なく、邪魔をして役には立たず、本を舐めて読書家を気取り、人の口を悪用して自己を顕示し、大人の口真似をして足らざるを露呈し、永遠を語って目の前を見ず、文章を書いて三途の川の石積みを続けています。
 
 
河と面の皮の宿命

河と面の皮の宿命
 
 
(2021年10月31日)
 
 
 
  アンビバ…烈
 
嘲(あざ)笑いの顔
侮(あなど)りの口
俯(うつむ)いた身を見下ろして
氷を当てて舐(な)め上げる冷たい視線
 
あるとき世辞
皮肉
頼みもしない評価
の一蹴
無視
 
何事もなかったかのように
過ぎ去ったそれら
向けられた者には
癒えない傷を残して
 
しかし向けたことはなかったか
向けたことは
なかったとは言えないはずだ
と癒えない傷が疼(うず)く
自らの目が赤いと感じる
兎の目か
鬼の目か
 
自らの存続から
人類の存続の是非までを
ときに激しく神に問いかけ
自ら慙愧(ざんき)のうちに切々と祈り
強烈なる厭世をもってなお
烈々とこの世を愛さねばならぬ
 
(※ アンビバレンツ(独)アンビバレンス(英)=両価性
 =同時に2つの相反する感情を同時に持つこと。愛と憎しみなど。)
 
 
  薄い
 
薄い
あまりにも薄い
ネットにおける匿名の関係
 
しかし利害でも理屈でもなく集うとき
 
薄い
最も薄い
目蓋の皮膚
だから目の
最も近くにある
 
 
  狼狽える顔
 
老醜へ向かえば向かうほど
いやもっと若くても
悪知恵をつければつけるほど
面の皮は厚くなり
鼻の皮は硬くなり
鼻の穴は黒くなる
腹の中が黒くなるように
という繰り言で
鏡に向かうと
見えない
老眼と結膜炎だ
狼狽(うろた)えて眼を洗い
しばらくするとピントが合ってくる
みんな当たっているのだが
加之(しかのみならず)
面の皮は荒れており
鼻の皮は脂ぎり
鼻の穴から洟(はな)が垂れている
顔全体が垂れて弛(たる)んで
今にも流れてしまいそう
 
目と鼻と口の位置は
昨日と同じでしょうか
あわわ・・・
 
鼻の穴が黒くなりました
毛穴という毛穴も
黒く開いて没没没・・・
二十歳過ぎたら
顔は自分の責任です
 
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※「没没没・・・」は敢えて誤用です。
狼狽える(うろたえる)
 
 
 
悪意の嫌がらせを抑えられない楽山は、また、有害な記事を書いてきました。根拠が無いので、殆どネット荒らしです。したがって、また、当分、下記のコメントも載せることになります。
 
楽山日記のコメント再録です。誰のコメントかは不明です。
コメント欄から抜粋引用しておきます。
 
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて
 自分 正さなくちゃいけない」
「それが出来て 初めて人間だと
 それ出来ないなら 人ではないと」
「嘘ばかり 重ねる君よ
 保身だけの 卑怯者の君よ
 そんな君は 魅力の欠片もないのに」
「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は
 最大限の償いと 最大限の反省と共に
 開いた出店を 畳むしかないんだよ」
「人間で在り続けるのなら
 人で在り続けるのなら」
 
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、
これを実践するのは難しいんだよなあ。
恥ずかしながら、自分もそんな風です。
これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
2019年だから、それほど古いコメントではありません。
 
楽山は、自分ではなく「人間の性」のせいにしています。一般化されては、たまりません。
 
楽山は、人間であることを、拒み続けています。
 
自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)は、治癒するということはなく、効く薬もなく、言動と生活の範囲を限定して存(ながら)えるしかないのです。
 
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
(古い記事は載っていません)
 
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
(ここは、たまにブログ記事をリンク)
 
 
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