試練と不幸2
 
 
確率的には高くはなくても、ヨブが受けたような試練に、この世的には不幸に、信仰者だけが遭わないで済むなんてことはないでしょう。むしろ、信仰者だから遭う、試される、ということも言えるかもしれません。
 
すべてを失うような不幸でなくても、なんでも守られる、生活困窮からも病気からも守られて、健康で文化的に長生きする、という、身勝手な妄想信じ込み信仰?のまま、何も考えない人にはならないでほしいです。
 
試練は不幸の形を取って、すべての人に起こるという地上の定めに対しても、安穏としているのが人間だから、信仰は試されるのです。ゆえに試練と言う・・ということを忘れてはいけないでしょう。
 
その時、悪魔のような病的ナルシストが、熱心に信仰を捨てることを勧めるかもしれません。まさに、現在進行形であります。
 
 
 
「おかしいと感じるなら、
速やかに、その宗教とは距離をとるのがいい。
信仰を続けようとして疑問を抑圧しても、
苦しみを長引かせるばかりだ。」
 
「苦しみを長引かせるばかりだ」・・まるで安楽死を勧めているような楽山です。やさしそうな言い方に惑わされないようにしてください。当たり前のような言い方で、宗教は苦しみを与えるから「苦しみを長引かせ」ないようにと、信仰を捨てよ、・・とでも言っているような、乱暴な筆致なのです。
 
自己愛者は、気遣いが出来ないので、こういう場違いのピント外れの表現が多くなります。宗教に一時的には疑問をいだく人は少なくないということを悪用した誘惑であります。楽山は、何の役にも立たないのに、説得力も根拠もなく、宗教と信仰を目の仇にしている反キリストです。
 
このような悪しき誘惑をする者こそカルトに多い自己愛性人格障害者であります。こういう者からは、直ちに逃げてください。話せば分かるなどという人ではありません。詭弁で疲れさせて、思いやりに見せかけて、疲れたんじゃないですか・・などと言ってくる白々しさです。
 
 
耐え忍ぶ者は救われる。しかし、救いが地上で起こると思い込むのは、神の意志を決めつける罪であります。人間が逃れられない死という定めに対して、命を捧げたキリストの共感を得て、信仰者は、できることをして、できないことを神に任せる弁えと恵みのうちに過ごします。
 
神の前に、へりくだり、神に対してだけは、正直に祈る、という自由を忘れないでください。そういう時と場所を持つことが、ある種の解放につながるでしょう。人間に必要な信仰は、超常ではありません。
 
 
試練の向こうに

試練の向こうに
 
 
(2022年04月07日、再録+加筆)
 
 
 
※ 
 
楽山のような自己愛性人格障害者は、人の言うことに対して、弁明も反論も反省もできないのに、できないまま、何事もなかったかのように、また、自己満悦記事やツイートを書けるし、同じ目的でリツイートも出来る異常者です。詭弁の卑怯な陰気臭さが、うわべだけ、ヒト型になっているような楽山です。
 
こういう平静を装う冷酷な者の存在は、社会にとって、真面目に生きている人にとって、恐怖以外の何ものでもないと思います。楽山にとっては、理路も共感もないのに、文字と言葉を並べることだけは出来るということが、最も不幸なことなのかもしれません。
 
楽山は、都合が悪くなると、スルーするとか言って、無視して平気そうですが、無視は何も起こらないのではなく、弁明できないことを意味します。それさえも、楽山は、分からないから、話を変えればいいと思って、別のことを書いて、気にしないようにする悪癖が身についています。
 
楽山は、無風地帯&安全地帯に住んでいるつもりでしょうか。そのような場所は、どこにもありません。孤独であっても、人は関わりの中で生きています。関わりを無視しては生きられません。むしろ、楽山のいるところは、無法地帯の崖っぷちなのです。
 
自己愛性人格障害者そして病的ナルシストは、学習意欲も真摯さも向上心も反省力も理解力もないから、繰り返し読まされるほどに、毎度、うんざりするか、がっかりするかして、おえっ・・と顔を背けたくなるような見苦しい文章を書いてきます。
 
 
※ 
 
 楽山のリツイートですが
 
心機一転★こも楽山さんがリツイート
ゲイの精神科医Tomy
@PdoctorTomy
悲観的な人は、何も起きてなくても悲観的になる。
楽観的な人は、何が起きても楽観的でいる。
後者のほうがずっと楽しいわ。
とりあえず
「なんとかなるさ」
ってつぶやきましょ。
午後2:23 · 2021年4月2日·Twitter for Android
 
自らの置かれている状況を弁えず、平気でツイートを引用して、平気で、なおも教えたがる楽山です。今までの不都合や失敗や失言を完全に無視して人のせいにする自己愛性人格障害者は、何が起きても楽観的でいられるでしょう。この無神経によって、徒労と疲労がもたらされ、人格を破壊されてゆきます。
 
だまされた人は、「何とかなるさ」と呟いても、離れて自主性を取り戻さない限り、自分の心と言葉を取り戻さない限り、どうにもなりません。だます人は、無反省で無責任の訂正不能ですから、最初から、どうにもなりません。
 
性格についての一般的に励ますようなツイートを、楽山は、自己正当化にすり替えて満悦するほど、どんな迷惑をかけても気にしないでいられる病的な楽観主義なのです。罪悪感、思いやり、悔いる心、共感などの、高等感情がないからです。
 
エサを漁る野良犬のように、楽山は、他者から、本から、漁って、都合のよい言葉を引用しては、自分に都合のいいことを暗示し刷り込むために、曲解し、悪用してきたのです。人の迷惑など、一切、考えることがありません。
 
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·11時間
隆法チャンとヒトラーが重なるなら
学園とヒトラー・ユーゲントの比較検証も必要かもしれん
>>
山内ビン@葬式を在家に
@vincent20200110
 · 19時間
返信先: @Null259216さん, @hamayokomegumiさん, @asasfjggさん
ゲッシュタポみたいですね。これでは隆法チャンはヒトラーと同じですね。
午前8:44 · 2021年4月3日·Twitter Web App
<<
 
「かもしれん」という荒い言い方で、ヒトラーの独裁と大虐殺の歴史へのたとえを、ヒトラーユーゲント(ヒトラー青少年団体)という話に広げて、乗ったつもりで、説明もなく、それだけで、冗談として、面白がっている楽山です。他者の不幸を面白がる体質が表れています。
 
このように、冗談っぽく反応するけれど、自らの立場や責任などは全く考えないところに、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)の特徴が表れています。宗教を考えるのではなく、揶揄したいだけなのです。自分も独自の独裁のユーゲントのつもりでしょうか。
 
そういう自己中と、弁えの無さが、書く文章にも、引用にも、さまざま表れてきたにもかかわらず、当事者意識がなく、揶揄が大好きで、つまり、何事につけ、真剣味がないのに、図々しく関わってきて、結果、無反省、無責任と言われても、平気なのです。
 
楽山は、前に、宗教について、否定を書いて、あとで、肯定を書いて、断定していないから責任はない、という、無責任の正当化?でしょうか、詭弁というより、奇便とでも言うべき、言い逃れを書いていました。理路も心も、まるで育っておらず、学習しておらず、何も整っていないのです。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·1時間
広報チャンネルが、「大人の教養TV」を批判してる。
タイトルには「あきれた無教養」とあるし、動画内では「デタラメ」「嘘」などともいってる。
広報チャンネルは、宏洋氏以外にも、こんな乱暴な言葉を投げつけるんだね。
 
「あきれた無教養」「デタラメ」「嘘」・・楽山についてならば、実感をもって、本当です。
「乱暴な言葉を投げつける」・・楽山は、丁寧語に、詭弁と嘘を込めて、投げつけてきます。
 
楽山は、教養もなく、思考力もなく、デタラメで、温かい感受性もありません。反省しません。責任を負いません。ゆえに、関わると、詭弁の罠によって、言い知れぬ疲労を与えてきます。
 
訂正不能の自己中心で、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)と判断します。誰も近づいてはいけません。まともな人間と思ってはいけない人です。間違っても、やさしい人柄などと思わないでください。前に、楽山ブログに、そういうコメントが付いたことがあるので申し上げています。
 
今までの発言の嘘と詭弁を思い返してみるたびに気持ちを新たにするのですが、腹は、下血のタール便のように黒いのです。楽山が平気で上のようなツイッターで書いてくることが証拠になっています。楽山は、「乱暴な言葉」の代わりに、汚い屁理屈の迷路を用意してきます。
 
 
 
  動かない死
 
肉体は座ったまま
動かなかったので
次第に乾いていった
頭皮から離れたフケが髪の間に点々として
かつて食したであろう食物の残渣が口角でひび割れ
鼻から頬にかけての皮脂が乾いて
こわばったうろこのように落ちかけていた
 
そのまま消えていくと思っていた
座ったまま便通は圧迫され
腸の動きは眼のように不明だった
眼脂に覆われていたのである
 
やがて形なく
透き通り
消えてゆくはずのもくろみは
思いに反して
よりかたくなで
固い肉体を作り出していた
 
心は座ることができなかったので
乾いてはいても
絶えず何かを思わずにはいられなかった
とうに周囲とは無縁であったが
いつしか清潔な裸体を想像していた
 
明日はなく
昨日は捨て
今日の消滅を願っていた
来る日も来る日も
死は肉体よりも心に近く
そのくせ清潔な裸体ばかりを描いていた
 
 
  バラバラになって
 
奇妙なやつだ
死んでいるはずなのに
 
バラバラになって
半分焼け焦げた肉片が
あちこちに転がっている
 
黒焦げになったのや
まだくすぶっているのもある
 
口と鼻の一部が
瓦礫の上に斜めに傾いたまま
少し離れて片方は飛び出した眼球から
原形をとどめない髪の頭部までが
逆さになって
 
言い残したことでもあったのか
唇はしきりに動かしているし
目はキョロキョロとあたりを見回したり
時々こちらを見ている
 
声にならないので何を言っているのかわからないが
むごたらしさ以外の何かを
伝えようとしているように思えてくる
 
ひょっとしたら彼も
隣に転がっている私を何か言いたげな
妙なやつだと不思議がっているのかもしれぬ
誰かが私を持ち上げた
天と地が大きく回った
 
反応がない
周りの人たち
口を動かし声を出そうとするのだが
出てないらしい
 
ドーンと
音と衝撃のようなものがあって・・・
そこまでしか覚えていない
 
ライトはやけに明るいが
もともと暗い部屋だなここは
 
胴体と手足を並べている人
その足首は違うよ
私のじゃない
気づいたらしくどこかへ持っていった
別の人はしげしげと眺めては何か書いている
 
皮膚や肉を切り取ってガラスの皿やビンに入れながら
話しあっている別の人たち
メスを入れるのか痛くはないが
 
幾人かは書類を持ってすでに去った
やがてライトが消され
カバーをかける一人を残して皆去って行く
 
とても暗いよ
ちょっと待ってもらえないかな
まだあるんだ言いたいこと
たくさん持って私ここに
まだ・・・ある・・・のに
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら誤ったら素直に詫びて自分正さなくちゃいけない」「それが出来て初めて人間だと それ出来ないなら人ではないと」「嘘ばかり重ねる君よ 保身だけの卑怯者の君よ そんな君は魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと最大限の反省と共に 開いた出店を畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
 」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
 
「難しいんだよなあ」・・みんなそうでしょ、ですよね、というニュアンスを載せた危険な誘導の言い回しです。それで「自分もそんな風です」という同意は、一般化の詭弁です。つまるところ、「反省」なんかしない、という詭弁なのです。・・とんでもない、無反省は非人間です。
 
 
 
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