ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

タグ:逃避

 
  楽山の逃避とべた褒め
 
 
楽山は、自分の問題から目を逸らすために、他者のことを言ってきます。他者の批判もありますが、ここでは論客だと褒めています。楽山は、いかなることも自分の問題として考える思慮を持たないことが表れています。言いたい放題言って、責任を負わず、逃げまくっている楽山の醜態です。
 
心機一転★こも楽山
@komo266
ひさしぶりに、信者による信者批判を見たので、ブログ記事にまとめてみました。
tsubasa氏はすごい論客ですね。
午後3:34 · 2021年9月25日
 
楽山のべた褒めです。楽山が「ブログ記事にまとめ」る必要が、どこにあるのでしょう。稚拙な屁理屈しか言えない楽山に、他者を「すごい論客」だと受け取る器はないと思います。
 
楽山の有り様からは、例えば、メディアから逃れるために、慌てて、車に入り込んだり、ビルに入ったりなど、ニュースなどで見る光景を思い出します。
 
そういうときに、楽山らしく、べた褒めしたり、悪口を言いながら、放屁してゆくのが、こういう記事になるのでしょう。それで、楽山の、記事というより、逃避の足跡として残される文章には、卑怯者の、一種、異様な臭気が残されてゆくのです。
 
 
さて、記事に入ります。
 
 2021年09月25日
 信者同士の対立(信者による信者批判)
 幸福の科学とは何だろう?ブログ by 楽山
 
 
画像とリンクは、楽山批判とは関係なさそうなので、省略しています。それにしても、楽山の、粘着ぶりが、よく表れています。時々、こういうリンクや引用だらけの長い記事を書いてきますが、楽山の言は、言論を、開き、掘り下げ、進める機能が、まるでないという特徴があります。
 
*フェイスブックとツイッター
少し前にフェイスブック上にて、与国秀行氏が釈量子氏を批判していたそうだが、先日は遠江秀年氏がアマミ氏を批判していたそうだ。伝え聞くところによると、その論点は、信者が信者に霊指導したり、商行為を行ってはいけないということらしい。
自分はフェイスブックには参加していないので詳細はわからないが、ツイッターを見ると、アマミ氏が有料悩み相談の看板を出しているのは確認できた。これが霊指導および商行為だとして批判されているということだろうか。
またツイッター上では、遠江氏とは別の観点から、アマミ批判があるようだ。この議論については、以下にその一部を保存しておきたい。
(省略)
 」
 
楽山は、殆ど、観戦モードです。観戦する余裕も、コメントする資格も、楽山にはありません。余裕さえも捏造して、上のツイッターの「すごい論客ですね」は、このお気楽観戦モードで言っていることです。
 
こちらは、論争そのものに入り込むことはしません。
 
*黒歴史?
まず一つは「黒歴史」という言葉遣いに関連した議論である。tsubasa氏は、アマミ氏が堕胎流産を黒歴史と表現したことは問題であり、またそういう表現をしたのはそのように考えているからだと批判している。これに対してアマミ氏の方では、堕胎流産を黒歴史としてはいけないという主張を、堕胎流産は黒歴史だという主張と誤解されたとしている。
2021-09-25 (11)堕胎流産は黒歴史と呼ぶべきことではありません
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441275358901194753
2021-09-25 (10)「堕胎流産が黒歴史」という前提に立っている
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1440256606566948873
2021-09-25 (8)私の文章の文脈を理解しない一方的誤解
https://twitter.com/amamikyo77/status/1440965901658963969
2021-09-25 (9)このツイートを読んだ信者さんから
https://twitter.com/amamikyo77/status/1439931898977918983
 」(内容は省略)
 
黒歴史というなら、楽山は、黒い排泄物をブログに、いっぱい排泄しています。その嘘と詭弁にまみれた暗黒面を、3年近く批判してきましたが、隠れて流産し続けているのが楽山です。
 
*霊能力信仰
もう一つの論点は、霊能力信仰にまつわる議論である。tsubasa氏は、アマミ氏は霊能力信仰だとし、アマミ氏はそうではないと反論している。
2021-09-25 (12)ただ一言、漏尽通力です
https://twitter.com/JustBeBeliver/status/1439613293543387136
2021-09-25 (13)釈尊は霊能力を出来るだけ使用しませんでした
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1439889924044382213
2021-09-25 (16)霊能力信仰
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441586665177288705
 」(省略)
 
霊能力のない楽山です。何か言えると思っている霊能者気取りであります。ここで、やっていることは、自分の責任外の他人の論争だから安心して、対立を傍観しているだけです。このように、楽山は、他者同士の争いを悦ぶ人なのでしょう。
 
*非常識?
三つ目は、黒歴史の議論に関連していると思われますが、アマミ氏の批判のあり方を非常識ではないかと疑問視している方がおられた。HS信者かどうかは分からない。
2021-09-25 (15)非常識ではないでしょうか
https://twitter.com/endouryou/status/1440271934890000384
 」(省略)
 
黒歴史というなら、自己愛性パーソナリティ障害NPDからの、嘘、詭弁、読書家気取り、評論家気取り、無反省、無責任、訂正不能、無視、超常趣味と信仰の同一視、などの偽りを、未だに続けている楽山の、それこそ、成育歴から、今に至るまでが、黒歴史なのです。
 
*全否定?
上のような流れのためかどうかは分からぬが、tsubasa氏はアマミ氏を全否定するかのような勢いで、その難点をいくつも指摘し、苦言を呈している。
2021-09-25 (2)無我になりたければ、己のプライドを捨てなさい
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441392709550305288
2021-09-25 (3)褒め合うばかりでなく間違いを指摘する
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1439070682537545737
2021-09-25 (4)理論ばかり振りかざしても
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1439074689670795269
2021-09-25 (5)⑨この一週間くらい彼女のツイートを読みました
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441259954707460097
2021-09-25 (6)あなたには、愛の思いを感じられない
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441266818912428048
2021-09-25 (7)過剰な自己弁護も過剰反応じゃないのか
https://twitter.com/tsubasa85364234/status/1441107574498086912
 」(省略)
 
全否定されるべきは、自己愛性人格障害の楽山であります。人格が原因なので、良くなる可能性が期待できません。ゆえに、楽山批判は、全否定しかなく、楽山は、一日も早く、言論の場から去るべき人です。ここで争われている「堕胎流産を黒歴史」とするかどうかよりも、根深いと思います。
 
*硬派な信者たち
私見ながら、アマミ氏は剛毅なところがあり強そうだし、取り巻きも多くいるので、一般の信者からしたら、たとえ言いたいことがあったとしても正面からは言い難い相手ではあるまいか。
でも今回は、遠江秀年氏、tsubasa氏らは正面切っておかしい事はおかしいと意見を述べたのであるから、ここは立派である。この勇気は尊敬する。
 
このべた褒めに、だまされる人が多いのでしょう。だから、楽山は書くのでしょう。「剛毅」「取り巻きも多く」「正面からは言い難い相手」「立派」「この勇気は尊敬」・・ネズミのように逃げ回っている楽山には、無いものばかりです。
 
*もったいない
議論の中身について感想を書くと、tsubasa氏の意見は真理としては一理あるように思う。自分が読んでも全てとは言わぬが、概ね首肯できるし、耳が痛かったり反省させられるところもある。
 
「一理ある」かどうか、自己中の楽山には、分からないことです。霊が分かるっぽい自覚~妄想、A級戦犯を讃えるネトウヨ、詭弁屋、嘘吐き、わざとらしく白々しい毀誉褒貶、などの表れてきた楽山は、ねじ曲がり過ぎて、何も、理路にならず、共感にならず、理解に至ることはないのです。
 
でもアマミ氏の方では、tsubasa氏と積極的に話をするつもりはなさそうだ。tsubasa氏のアマミ批判は、まるでアマミ氏を全否定するかのような様相を呈しているので、いちいち話をする気になれなかったとしても、それは致し方ないかもしれぬ。
 
楽山批判も、全否定になるでしょう。人間とは思えないからです。楽山と、コメントなどでの直接交流してはいけません。病原に触るようなものだからです。しかし、批判は必要です。誰も近づかないように、楽山という異常人格の害毒を、広く知らしめる必要があるからです。
 
ただtsubasa氏の意見をみると、上に述べたように相応の理があるし、ただの悪口、言いがかり、揚げ足とりにすぎないとして切り捨ててよいものではなさそうである。氏は真理知識があり、議論もできる人物であるし、対話をすれば相応の果実はあるだろうし、アマミ氏がそれを忌避するのはもったいないことではある。
 
人の言うことを聞かず、受け取らない楽山とは、議論は成り立ちません。「真理知識」があるかないかなど、低次元の詭弁屋である楽山には分かるはずもありません。今回も、楽山が、人の口だけを使って、上から、ジャッジし、評価するなどは、以ての外なのです。
 
今後、この議論がどのように展開してゆくのかは分からぬが、自分としてはこの議論には学ぶべきところはあると思うので、しばらく注視して行きたいと思う。
 
楽山に注視されるとは、最悪です。自分の楽しか考えないために、議論も、学ぶことも、今まで、一度もしてこなかった楽山の眼は、白でも緑でもなく悪内障のために濁っています。見えていないのに、見えていると言う者が、脅威となる例として、楽山は蔓延っているのです。
 
 
藪の中に逃避

藪(やぶ)の中に逃避
 
 
(2021年09月26日)
 
毀誉褒貶(きよほうへん):ほめたりけなしたりすること。
ほめる(誉める、褒める)、けなす(貶す、毀す)、貶める(おとしめる)
 
 
 
  不安の泉
 
静かな泉に
さいころを投げている森
 
洗髪した翌朝の上目遣い
頭かきかき世間を見ようとしている
 
木陰に坐って涼をとる
尻の下の虫を確かめていない
 
荒れた唇を舌で触れて
あらゆる生物に容疑をかける
 
晴れた夜に眼を見開いて
水面に星を探す
 
朝は鳥が様々に鳴く
朝は様々の鳥が鳴く
 
さいころの日々は転がるが
すごろくのようには進めない
 
静かな泉の
森は静かではない
 
 
  鳥たちよ
 
食うか食われるかだ
弱い雛は見捨てられる
だが恐れることはない
 
この肉は食えぬ
誰も食ってはくれぬ
売り物にならぬ
皮も肉も骨も
自分で食うしかない
自分でも食えぬ
 
安心したまえ
適応するほどの社会じゃない
だから安心して適応したまえ
 
 
 
  祈り・恐れてはならないもの
 
生も死も恐れている
それ以上に神を恐れている
同じくらい主を頼みとしている
 
♪迷わば訪ねて曳(ひ)き返りませ
 
この先たとい人を世界をこの国を
いかなる艱難(かんなん)が襲って来ようとも
 
♪世の友われらを捨て去るときも
 
たとい死の陰の谷を歩むとも
わざわいを恐れません
と言えますように
 
 
(讃美歌312番だったか・・)
 
 
 
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  楽山のざらざら
 
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 2021年08月14日 幸福の科学とは何だろう?ブログ by 楽山
 
 
起死回生でも狙っているのか、遺書のつもりなのか《それはないと思う》、楽山は、自分で、ろくなこと言えないものだから、他者の言葉を集めています。一方では、他者の意見を無視して、自分は分かっているという自己顕示欲の鬼です。
 
楽山のような人につかまって、人生を台無しにしないでください。何も持っていない人です。人のための言動などしたことのない人です。あらゆる善き人を気取って見せますが、気取りだけで、数か月、付き合えば、良いところなど、何も持っていないと分かる人です。
 
こういう人に引っかかっていると、さらに、言うことを鵜呑みにしていると、思考が妨げられて、理路が分からなくなるでしょう。妨げられた思考を、楽山と同様に、詭弁で、ごまかすようになるでしょう。精神機能が、無反省と無責任のために、全般に鈍麻するでしょう。
 
この一連の記事で、楽山は、自分の意見を殆ど書いていませんが、僅かに書いたことも、批判対象になるだけで、つまり、人生や思想や宗教の深みなど、全く理解していないのが分かります。にもかかわらず、賢者を気取って俯瞰しているつもりの、厚い厚い面の皮であります。
 
リンクは貼りません。楽山は、殆ど書いていないので、人の口で、よく思われようとする匹夫の浅知恵が見え見えであります。人を引用するためには、先ず、自分の不完全と弱さを晒さなければなりませんが、楽山は、自分を飾るために、こちらが震え上がるほど傲慢です。
 
楽山は、信仰とは、反対側に棲んでいる偽善者です。
 
引用元は、大方、HSの信者のようです。
 
リンクは省略して、一部を引用してみます。一貫して、楽山は、人の口を利用~悪用している事実は変わりありませんし、楽山個人の主張が成り立たないことについて、楽山自身が、どうしようもなくなったのでしょう。
 
私が、ブログ【癒し 天使たちのことば】を、肯定的に捉えている理由
もしも
原理主義者達が主張するように
『信者達の誰もが、高級霊のインスピレーションが降ろせず
高級霊のインスピレーションが降ろせるのは、総裁先生タダ一人だけ!』ならば
悪魔達は、大喜びだろうね?
それが、真実ならば
悪魔達は
総裁先生が
寿命で亡く成るまで
後、約二十年の間
じっと我慢するだけで良い
その後は、悪魔達の天下に成るだろう
 
教祖の教えが、人間にとって印象深いものならば、永遠性を持ってきます。例えば、キリスト・イエスは、今も、聖書を通じて、生き続けています。人間が生きるために必要不可欠なことであるならば、消えることはないからです。
 
教祖が、狂素に過ぎないならば、後遺症が残ります。オウムなどが、その例です。個人的に影響を受けて、自由になれないからです。楽山後遺症を残してはいけません。
 
教団は、タダの、能無し教団と成って
救済力は、全く無く
ただ
教団維持の為に、御布施を集め
形骸化した教えを、維持する為だけに
存在する事に、成ってしまうだろう
 
大方の人にとって、カルトは、嫌な記憶と記録になります。
 
教えが、人を生かすならば、形骸ではないものが、教団にいてもいなくても、書物等によって、残ってゆきます。つまり、そこに真実の永遠性があります。
 
日本の神々が
そのような事態を、望むハズも無く
せめて
数多くの、神社や神殿において
巫女や神主達が
衆生の、様々な要望に応じ
高級霊達のインスピレーションが
適切に降ろせる事が、望まれるだろう
今回、私が
ブログ【癒し 天使たちのことば】を
肯定的に捉えているのは
そのような、理由からだよ?
もちろん
総裁先生と
我々、一般信者とでは
霊格の差は、歴然だ
 
楽山という教祖願望においては、跡形もなくなくなることだけが望まれます。つまり、楽山の生きた数十年は、一生懸命、紙くずを食い散らかす期間に過ぎません。そして、人の心も、食い散らかしてきたのです。それが、楽山の、利のため、欲のためなので、生きるほどに醜くなります。
 
だから
巫女達が、受け取るインスピレーションも
あれが、精一杯だろう
総裁先生の様に
長時間の
神降ろしは
とてもでは、出来無い事が、ハッキリした
さあ!
これからが
弟子達の正念場だ!!
タダの、能無しで
今世の寿命を終える
【役立たずの職員】で終わるか?
それとも
適切に、高級霊達のインスピレーションを受け
総裁先生も感心するような、立派な仕事が出来るように成るか?
私は
世界中の
キリスト教徒達や
イスラム教徒達を
立派に感化出来る、弟子達を望む!!
ただ
彼らから
逃げ回るだけの
能無し信者は、必要とはしない!!!
『正義の法』は
誰に対して行えば、救済出来るのか
貴方の胸に手を当てて
良く考えることだ。
 
キリスト教も、一枚岩ではないですから、感化されたり、無信仰になったり、妄想作りに変貌したりはあるでしょう。現にあるような気もします。だから、宗教において、最も大事なことは、超常の奇跡がどうかではなく、人間一人を生かすかどうかです。
 
信仰は、地上にあるあいだ、地上の人間に対して、何が一番大事なことなのかを、問い続けるでしょう。聖書を通じて、キリストが問い続けているからです。
 
楽山のように、自分だけを大事にしている者は、問うこともなく、問われることもないので、だんだん近くなるのは、警察か、精神病院か、どこかの河原・・だろうと思います。
 
今日は、エルカンターレファイトのことについて、感じたことを書いてみたいと思います。
なぜかと云いうと、私は最近少し体が重く、何となく変だったが、巫女役の方もそのことに気づき、どうしてだろうと意識を向けてみたところ、誰かが数名で私達に向けてエルカンターレファイトをしているのを発見しました。
これは、主との約束事なので、行じると主の光の降魔の光が相手に届くことになります。
私達はその降魔の光をありがたく受け取ることにし、しかし、その中に混じっている「砂」の部分は取り出し、祈りによって浄化し、発信者にお返しさせて頂きました。
ただ、私達が気付くのが少し遅かったので、私の家族にその影響がでまして、緊急に病院へ行くことになりました。幸い軽くてすみましたが、私の力不足を、とても悲しく残念に思っています。
 
お大事に。・・楽山は、人間性を喪失して、人間を物扱いするペテン師になっているために、こういうことも書けないのか、乱暴に引用だけしています。
 
2014年の記事の引用のようです。楽山は、なつかしモードに入っているのでしょうか。それとも、古い記事なら反発もあるまいと計算しているのでしょうか。いずれにしても、楽山が、今、目の前にある問題から逃れようとしているのは確かでしょう。
 
「砂」と書けばご理解していただけると思いますが、もう少し詳しくお話したいと思います。
これは、爽やかな風のお話の中で、この風に砂塵が混じっているというところから「砂」を使ったものです。
砂は、「あまりよろしくない思い」と言う意味で前回の文章に使っております。
その思いが人を傷つけると、言っているのです。
このエルカンターレファイトを行じるにあたり、まず自らの心を点検し、この砂塵が混じっていないかどうかをよくよく点検する必要があると思います。
そして純粋な気持ちで行おうとしているのか、主の教えに反した心でもって行おうとしていないか、これを問う必要があるのではないかと思います。
ですから、エルカンターレファイトを行うにも、修業の観点を忘れてはならないのではないかと思います。
多くの経験をすることにより、主の理想に近づく、そして、人の役に立つエルカンターレファイトが出来るよう、常に常に努力が必要ではないかと思っております。 
 
砂が入っているというより、砂だけで出来ているのが、楽山だと思います。今まで、一度も、宗教と信仰の、実質の理解を表したことがありません。キリスト教と信仰について言えば、小学校レベルの屁理屈で否定したり肯定したりしたことだけです。嘘にまみれて、ざらざらしているだけなのです。
 
楽山も、楽山の記事も、決して信頼してはいけません。部分的には良いなどと思っているなら、その部分においても、一部を全部に見せかけるという詭弁を用いているのです。楽山の脳内理路が狂っているのか、作為の詭弁か、いずれにしても、関わってはいけない相手です。
 
 
砂でしょうか いいえ潟です

砂でしょうか。いいえ、潟(がた)です。
 
 
(2021年08月15日)
 
 
 
  一所懸命
 
森が町になって
町が焼かれて
火事が荒野をつくって
荒野が砂漠と呼ばれて
砂漠が山になって
固まっている
その上に黄色い人がいる
のが見えるくらいの小さい山だ
 
耕して種を蒔(ま)いている
穀物や野菜
果物まで植えている
のが見えるくらいの山だ
 
平地は誰かが持っていった
山をどうしようと持ち主の勝手だ
一所懸命とはこのことだ
 
山に家を立てる
道をつくる
車が走る衝突する
電気を通す感電する
水道を通す
プールができる
水があふれる溺れる
 
その上にビルが建って
コンピューターが置かれる
ゲームができる
町ができる
店が並ぶ
次々にビルが並ぶ
 
結局その中で温室栽培している
穀物や野菜や果物を
植えたり埋めたり掘ったり捨てたりしている
 
試験管を扱った手で
酒を掛けて祈っている
アルコールがガソリンに変わる
石油をまき散らす
余ったからだという
 
ここはどこだ
元々どこだ
黄色い人
ここは誰もいない
のが見えないくらいの山だ
 
(90年だか)
 
 
 
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 ※ 水害のニュースについて。広範な災害で、数十年に一度、経験したことのないような、命の助かる可能性のある方法を、とまで報道しながら、死者の報道が、数人というのは、どうなのだろう。 土砂や水に呑まれて、埋まっている人、沈んでいる人など、報道規制でもあるのだろうかと思ってしまう。発見が遅れるのは分かるけど。老婆心ながら、岐阜県の白川郷とか、大丈夫でしょうか。
 

 
  楽山の逃避人生
 
 2021年06月03日 
 「旭川女子中学生いじめ凍死事件」について
 幸福の科学とは何だろう?ブログ by 楽山
 
 
同情・共感めいたことを言って、具体的には、何の責任も負う気のない楽山が、表れています。ふつうの人は、考えてみますといって、実際、考えてから結論を出します。楽山は、いかなる責任も、恐怖しているのか、負う気がありません。門前払いの文言を、丁寧語で用意しているようです。
 
前記事のコメント欄で、旭川女子中学生いじめ凍死事件の話が出たので調べてみた。事件の詳細については読むのも辛いものがある…。
・旭川女子中学生いじめ凍死事件 - Wikipedia
・「娘の遺体は凍っていた」14歳少女がマイナス17℃の旭川で凍死 背景に上級生の凄惨イジメ《母親が涙の告白》 旭川14歳少女イジメ凍死事件 #1
 
リンクは省略します。事件について下のほうに載っているサイトだろうかと思います。
 
前の記事とは
2021年05月24日
『美しき誘惑-現代の「画皮」-』を見た。
のことです。
 
この記事については、既に、批判記事にしています。
 
前の記事のコメント欄より:
 
コメント者は、前の記事の題材となっている映画のことを書いています。
私の記事の目的とは関係がないようなので引用元のHNは "省略" ということにします。
 
1. 省略 2021年05月30日 19:38
この女優に、主演は無理な。
どう見たってマンネン脇役のオマケ女優だよ。
こういう起用が、世間をナメてるよな。
何処にでもいる平凡な田舎娘に
女優は務まらないんだよ。
そんなに世の中、甘かない。
 
前の記事の映画についてでしょう。
 
2. 省略 2021年05月30日 21:50
オンライン署名、ぜひお願いします!!
◯旭川女子中学生いじめ凍死事件|署名活動特設サイト
楽山くんもぜひ、ブログ記事として取り上げて下さい。
宜しくお願い致します。
 
いつも正義の味方を気取っていると、頼りにされて、こういうコメントもつくのでしょう。
 
3. 楽山2021年05月31日 22:12
その事件はあんまり残酷すぎて
記事を最後まで読める自信ないのだけど、
でも今回は頑張って読むことにします。
そして、後日、記事化と。
 
そして、「後日、記事化と」と書いて、今回の記事を書きました。ほぼリンクだけの数行です。
 
(楽山)
それはそうと
女優に対する厳しい言葉と
いじめ被害者への優しさと
落差がすごいな。
主演向きではなかろう
というのは一理あるかもしれんが
本作での演技は気合入ってたのは確かだよ。
相手役の男優とのダブル主演だったのだろうけど、
完全に、相手役を食ってたと思う。
 
コメント1.に対して、楽山のコメントです。無責任だから、こういうことを書くのが、楽山の趣味であり、身に降りかかる何ものもないところならば、安心して、うれしそうに言うわけです。
 
4. 省略 2021年06月01日 00:32
>>3
楽山くん、ありがとう。
署名もよろしくお願いします。
 
楽山は、コメント者から、具体的な署名という行為を「よろしくお願い」されています。
 
5. 楽山2021年06月01日 21:45
いまのところ、事件の記事はこれだけ読んだ。
文春の記事は、20まであるようだけど、1を読んだだけでも心が苦しくてたまらんな。
・旭川女子中学生いじめ凍死事件 - Wikipedia
・「娘の遺体は凍っていた」14歳少女がマイナス17℃の旭川で凍死 背景に上級生の凄惨イジメ《母親が涙の告白》
旭川14歳少女イジメ凍死事件 #1
 
「心が苦しくてたまらんな」と、上で言っている楽山は、
署名については、このご時世なので、
臆病な自分は慎重になっております。
どうかご理解ください。
 
あるいは無理のないレスと思われるかもしれませんが、それは、ふつうの人が、何か関わることに怖れをいだいている場合です。楽山に限っては、自己愛性人格障害と書いてきたように、無理もない・・は、当てはまりません。何ごとにつけ、責任だけは負わない、という楽山の体質的な因業です。
 
ご時世、臆病、慎重、という言葉で断っています。楽山は、こういう、理解~同情を求めるメッセージを、一切の責任を負わないで済むように、とても便利に、多用してきたのだろうと思います。まるで、無責任な責任者の出てくるドラマのようです。エッヘッヘ(汗)・・とか付いていそうです。
 
楽山は、今まで、何度も、理解しているとは到底思えないキリスト教について、執拗な悪口を書いてきたという事実があります。その厚顔無恥の履歴によって、楽山には、「臆病」「慎重」という言い分は、成り立たないと思います。楽山については「ご理解」してはいけないところだらけなのです。
 
「ご理解ください」と言われて、こちらが理解できることが何もないのが、楽山です。
 
つまり、こういうところで、楽山は、今までの経過を無視する人だということが、表れてくるのです。微妙なようで、今までを知っている立場からは、馬脚をあらわしていると判断します。つまり、楽山の自己中の本性は、対話・言論の、いたるところで、表れ得るということです。
 
楽山は、臆病ではなく自己中です。楽山は、慎重ではなく無責任です。いささかでも責任が生じそうなときは、誰かのせいにしてでも、卑下の芝居をしてでも、断ります。これが、楽山の体質であり、保身だけの空疎な処世であります。
 
仮に、考えてみますと言えば、また、確認のコメントが来るかもしれない、はっきり断るために、慎重に加えて、「ご時世」のせいにし、かつ「臆病」と卑下してまで、・・いやだいやだ、責任負うの絶対いやだ・・、が表れています。本気で考えることが元々できない者の習性なのです。
 
それに、楽山は、思考力は拙劣です。そして怠慢です。理路をまともに追うことが出来ません。共感が成立しません。責任が生じることについては、断る際に、説明を求められると、詭弁を弄するしかないのです。他者のせいにしたり、芝居をしたりするわけです。
 
楽山の丁寧語にだまされないでください。今までに分かったことして、誠意の欠片もない人です。
 
キリスト教について、否定の意見を何度も書き、賛同めいた祈り芝居をして、両方言って断定していないから責任問題は発生しない・・などと、前に言ってきました。否定すれば否定した責任が、賛同すれば賛同した責任がついてくることを、理解できないのです。
 
だから、楽山は、自身の責任問題になると、詭弁だらけになります。そこで、いかに、文章を公開する上での責任について何も理解していないかが明らかになってきたのです。しかも、改善することがありません。体質的に無反省で訂正不能です。
 
だから、仮に、考えてみます、などとも言えない楽山です。実際は、本当に考えてみることなど出来ない楽山ですから、ご時世のせいにして、卑下の芝居をしているわけです。楽山の卑下は、ヒゲのように剃って終わりの大嘘だということ、強調しておきます。
 
楽山の、謙虚芝居・ヒゲ芝居に、どうか同情しないでください。楽山が今まで何度も言ってきた「反省。とほほ」と同じで、大根役者の三文芝居なのです。自己愛性人格障害は、芝居で出来ているような人生になります。どこにも、本気の実質がないのです。楽山に決して関わらないでください。
 
あらゆる観点から、楽山は、ふつうの言論・交流・話し合いにおいて弁えるべきことから、乖離し、ズレています。それが、批判してきた約2年間、表れ続けて、指摘し続けているのに、まだ、妄想的自己愛によって、公論ではなく、自分は知識人だという固定した病巣を示し続けています。
 
 
逃避人生・無責任

逃避人生・無責任
 
 
(2021年06月4日、同日一部修正)
 
 
 
  夜の顔の循環
 
ぬるい夜
ぬるい湯に
爛れるばかりの
阿片の夢に
流れ出しては崩れていく
この顔を直接
一生見ることはない至福よ
何のために
どのようにあり
あるいはあったのか
過去は現存しない
死んだ果実の名残を求めて
臆病な浸出が
皮肉な川を渡り
また一つ色褪せて
薄くなった肌をなぞっては
しみる
痛みから
否応もなく
犠牲になって
消えてゆく
それが現存する
唯一の夜
 
 
  覚えてしまった
 
空腹を覚える前に
食べることを覚えてしまった
夜の澱粉質の中を
重く泳いでいる
 
目指す島は
秘密の酵母に託されていて
見つからない
放蕩の鍵
 
泥酔の臓腑どもは
消化しきれず
騒いでいる細菌どもが
恐れている荒野は
無機質の誕生の前に
渇くことを覚えてしまった
 
 
(90年代か、再録)
 
 
 
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